君の好きな僕
君の好きな僕
薫子が部屋に来るのはいつものことなのだが。
一芯が座る柿渋の色合いの肘掛け椅子はイギリスのミッドセンチュリー。
机上のデスクトップともマッチする風合いが面白く座り心地も快適。それは良いとして。
「狭い部屋のそのまた隅っこに陣取って。どうしたの、薫子?」
「何よ、おばさんたちが帰ってるんだからあたしがご飯作る必要もないでしょ、それともここにいちゃいけない!?」
「…今日はまた一段と噛みついて来るね。誰もいちゃいけないなんて言ってないよ」
語調の強さとは裏腹に、もじもじとした少女を透明なガラスのランプシェードから広がる明かりが照らし出す。居心地悪そうに、それでも一芯の部屋に頑迷に居座っている。雰囲気を和ませるように一芯が口を開く。こういう役回りには慣れている。
「ねえ、薫子。京都に行ったら空き時間、色々観て回ろうね。前生では人質暮らしで、観光どころじゃなかったでしょ」
「そそうだけど。そんなに遊ぶお金ないし」
「大丈夫、崑ちゃんがいるから」
薫子が虚を突かれた表情になる。
「え!崑ちゃんも来るの?」
「うん。良いスポンサーだろ?」
崑氏とは平泉藤原氏、葛西氏、伊達氏に仕えた金の採掘、活用技術を持った渡来系一族である。
そして伊達家の岩手県南部の津山、金山などの金山や宮城県南、黒森の銀山などの運営にあたってその技術は大いに活用された。財政面での立役者だ。
「それで崑ちゃんとか成実の前でも薫子がそんなんだと僕の示しがつかないんだけど」
「成実?どうして成実まで来るの?」
伊達藤五郎成実は片倉小十郎と並ぶ伊達政宗の股肱の臣であった。
「んー。同窓会?ほら、どうせなら皆で逢いたいじゃない」
へらへら笑う一芯に誤魔化される薫子ではない。顔立ちがきつくなる。
「――――――どういうこと?…まさか信長公も、京都に行くんじゃないんでしょうね」
薫子の詰問に、一芯は薄い笑みを浮かべただけだった。
「………」
「嘘でしょ、信じらんない」
「これが流れだよ、薫子」
「莫迦を言わないで。あんたが一人で騒いで、流れの元を作ってるんじゃないの」
「薫子はなぜ僕の『さんさ時雨』を見たがるの」
急に一芯が話を逸らした。薫子はそう思った。苛立ち、攻撃的な声を出す。
「綺麗だからよ!一芯が舞うのを見るのがただ好きなの、襲われる危険も考えず無心に舞えるのって平和な証拠でしょう!?」
「無心じゃない。刃がある。お師匠さんにも指摘されたし、君だって解ってる筈だ。戦勝歌だよ?あれは」
「……」
「戦意を秘めるからこそ舞える。僕にとって世界を祝うとはそういうことだ。この世に戦う土壌があると認めることだ。お師匠さんには永遠に及第点を貰えないだろうけど、薫子が惹かれているのはそんな舞いだよ」
「…違うわ」
「君も僕に武士たれと望んでいる。戦士であれ、戦えと」
「違う!」
一芯が憐れむような表情になった。
「違わない。君はそんな男だから僕を好きでいてくれる。自分ではそれを認められないだけなんだ」
参考文献、『真説 伊達政宗』鈴木双竜・土屋書店、『処世戦略の勝者・伊達政宗の生涯』長谷川つとむ・高文堂出版社




