秘め色
秘め色
くん、と兵庫は鼻を動かした。新幹線車内、右隣窓際の座席に座る真白から香る。
「真白様、…良い匂いがしますね」
いつもとがらりと変わった訳ではなく、常の真白に仄かに占めていた香りの割合が今は大きくなっている。兵庫の鋭い嗅覚がそれを捉えた。
「あ、防虫剤かな?ユーカリとミント。クローゼットの中から、荒太君にお洋服、選んでもらったから。多分、それで」
「ああ」
黄色いスエード地の野球帽をつばを後ろに被った凛が、兵庫の左座席から身を乗り出して来る。
「どんなどんな?」
目を閉じて空気を吸い込む表情になる。睫の長い奴、と兵庫は思った。二十歳の男性が少年の可愛さを未だに持っていようと、ノーマルな兵庫の心情は無味乾燥にしかならない。
あっそ、というものである。
「ほんといー匂い~。兵庫さん、席、換わってくださいよお」
「大人しくしてろ」
「兵庫さんのジャケットのボタン、おいしそ~」
今度は茶色い革のフットボールボタンに凛の眼差しがじっと注がれる。チョコレートにでも見えるのだろうか。
「大人しくしてろって」
「兵庫、何だかお洒落してる?」
一つボタンの濃紺のジャケットを見て真白も興味深げに訊いた。首には濃茶の大判スカーフ。普段からシンプルで垢抜けた格好だが、今日は一層、水際立っている。
「そりゃ真白様と花の都で逢引きしますからには――――――」
「兵庫さん、靴もオシャレ、かっこいーっ」
成る程、ムードクラッシャーだ、と兵庫は荒太の狙いの正しさを知る。読みが的確である。
「ジェイエムウエストンのモカシン180だ。踏むなよ」
「焦げ茶の発色が綺麗な革だね」
「ありがとうございます。カーフスキンです。焦げ茶色は綺麗ですよね」
「ねえねえ、幾らしたんですか?」
「がきは知らなくて良い」
レモンイエローゾーン、と荒太に称された年少者に向かって冷たく答える。
どのみち兵庫に、イエローゾーンからはみ出る気は無かった。
焦げ茶色や白が綺麗で好きだと言える、発言の自由があればそれで。
赤く点滅する時があっても誰にも悟らせず墓場まで持って行く。




