おむすび記念日
おむすび記念日
ととととと、とまだ胸が鳴っている。
ピンクの水玉のパジャマを着た身体を薫子は布団の中に埋めるようにした。
夢の名残りで肌がじわりと熱い。
(あの夜、政宗と本当の夫婦になった)
思い出しても恥ずかしいことに、途中で泣いてしまったりして政宗を困り顔にさせた。怖い、痛い、と言うとすまぬと詫びられたが行為は中断されなかった。いつもは冷静で克己心の強い政宗が自分を抑えられずにひた走ったのだと、今であれば判る。
(好き。一芯)
口に出して言わなくても、心では数え切れないくらいに告げている。
(一芯。一芯。大好き――――――)
大きなスヌーピーのぬいぐるみを抱き締めた。
腕の中の美羽の感触を楽しんでいた竜軌は、邪魔するように喚いた携帯に不機嫌になった。浴衣の袖を枕元に伸ばす。
「忙しい。手短に話せ、荒太」
『新庄。真白さんが、』
切迫した声だったが恐れのようなものはない。寧ろ喜びに逸る自分を宥めようとしているようだ。
「真白がどうした。おめでたか」
『莫迦言え、真白さんは天女で女神だぞ俺の!子供なんて産まれたら神の子誕生だろうが、めでた過ぎてこんなもんで済むかっ』
荒太にしては珍しい興奮振りだが竜軌にはどうでも良い話だった。
「のろけなら時と相手を選べ。切るぞ」
言いながら竜軌は、右手で美羽の細い腰から続く丘陵の弾力を浴衣の生地越しに確かめていた。大きく熟れた桃のようだ。
『真白さんが俺に「おむすび」を作ってくれたんだ、塩気も握り具合も丁度良い、美味いんだ。ちゃんと紀州産の梅干し入りだ。どうだ、すごいだろう』
「すごいな。切るぞ」
美羽が回した右腕の中で身をくねらせた。しつこく触り過ぎると怒られる。
『また〝荒太君、おむすびが出来たの!〟って言い方が可愛いだろ?お握りじゃなくて「おむすび」っ。ころりん、って感じがして真白さんらしいだろ可愛過ぎるだろっっ』
荒太は真白の声真似も上手い。
(こいつは真白が関わると豹変する…阿呆に)
人のことは言えないと承知でそう思う。
「可愛いな。喰い過ぎるなよ。真白のこともな」
『―――おい、あんたまた聴いてたのか。大概にしろよ、真白さんが可哀そうだろ!?』
「後半の台詞をそっくりそのままお前に返す」
『夫婦は良いんだ、夫婦の営みだから良いんだよ!』
「免罪符を都合よく使い回すな」
『今日は俺と真白さんの「おむすび記念日」だっ』
竜軌はそれ以上相手をせずに通話を切った。
「…美羽。美羽。美羽」
携帯を放り投げ自由になった左手も美羽に回す。美羽はまだ半分、寝惚けている。
浴衣の襟や裾から手を入れて肌を触れ尽くそうとする。紺地に菊の咲く美羽の浴衣は乱れに乱れ、赤い帯が緩く締められた腰を残して敷布団に蝶の羽のように広がった。紺から露わな白が艶めかしい。それが見たくて竜軌は掛布団を足元に押し遣っていた。
寒そうな美羽の鎖骨のあたりを吸って、赤い花のような痣を咲かせても全然、物足りなかった。
「あーあ」
溜め息と一緒に唇を被せても足りない。意識の冴えて来た美羽がそ、と舌を忍ばせて来るのにはちょっと満足して嬉しかった。
たっぷりとお返しをしてから唇を三センチほど離して本音を言った。
「あー。俺も抱きたい抱き尽くしたい……くそ羨ましい荒太の奴…」




