客席にて
客席にて
怜は親子の遣り取りの一部始終を見ていた。
恐らくこの園遊会を訪れた他の客たちの耳目も同様に、彼らに向いていただろう。
竜軌が孝彰の言葉の何に怒りを感じたのか、怜は理解していた。
オレンジジュースの入ったグラスに口をつけながら、話し相手に意識を戻す。
肩書は大学教授。その割に若い。日本中世史を学ぶ怜と分野を同じくする。
「別荘の売り込みですか」
「ええ。研究室宛てに広告が。しかしそんな大層なもの、持てる訳がないのですよ。国立の大学教授が、一体どれだけ給金を得ていると誤解されているのだか」
「学究の徒と財は、一部を除き縁遠いものですからね」
「その通りです、江藤君。我々の財は金銭ではなく、知識です。飽くなき探求心です。しかしこの園遊会には、来て良かった」
「何か得られるものが?」
爽やかな風貌の教授は笑った。
「ずっと捜していた蝶を見つけました。とても美しいのですよ」
好感が持てる筈の笑顔、何かの比喩であろう詩的な言葉。
だが怜はなぜかその時、悪寒を感じた。
言葉通り、竜軌は孝彰との会話の後、美羽の手を引いて胡蝶の間に戻った。
〝どうして怒っているの、竜軌〟
メモ帳とペンを手にした美羽は、やっと尋ねることが出来た。
荒ぶる虎のような光が、彼の目にはあった。
「解らんのか。親父はお前にさっさと引っ込めと言ったんだ。一人でな。俺の隣に立つお前を、来てる奴らの目から、印象から、外したがっていたんだ。あの狸め」
指摘を受けてから、美羽は孝彰の意図に傷ついた。
家族の情愛までを期待していた訳ではなかったが、除外されようとした事実を知れば、やはり堪えるものはある。
「美羽」
呼ばれて顔を上げる。
「忘れるな。お前は美しい」




