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心地まどひにけり

心地まどひにけり


 兵庫の声が真白の耳に響く。

『水恵はスケジュール調整を終えました。真白様の身代わり、可能です』

「そう。また私の我が儘で、水恵を振り回してしまう…」

『あれは真白様の為に働くことを喜びにしています。冷徹な気性の女が、あなたを想って働く時だけ生を感じると言う。不思議なものです』

「………」

『明々後日は俺と凛がお供しますので』

「うん。聴いた。ありがとう」

『剣護様も来られるそうですし、真白様はとにかく、防寒に気を配って熱など出さないようにされてください。ご存じでしょうが京の底冷えを侮られませんよう』

「うん。迷惑かけないようにするから」

『違います。真白様が苦しまれると俺を始め辛い野郎共がごろごろいるからですよ』

「―――――ご、めん。ごめんなさい」

『いや、こちらが勝手にダメージ受けるだけなんで』

「兵庫」

『はい』

 兵庫の前生における死地である本能寺を擁する京の都。そこに彼を行かせて良いものか。

 真白が未だに抱く罪悪感を知らぬ兵庫ではないが、謝らせる兵庫でもない。

「頼りに、してる。よろしくお願いします」

『身命を賭して期待に応えます』

 気負わない口調だった。だが内実の真摯は十分に匂った。


 真白は携帯をリビングのテーブルに置くと入浴の準備をした。


 ラベンダーの入浴剤は湯をけぶるような紫に染めている。

 夫婦となってから、荒太は真白と一緒に入浴したがったが、真白が恥じらって拒んでいた。荒太の望みには大抵、応じる真白の、数少ない拒否だ。

 白い素肌を紫に浸して考える。

(美羽さんと先輩は一緒にお風呂に入ってるって言ってた。…私、意地悪かな。荒太君を焦らしてしまってるのかな。気取ってるって…嫌に思われてたら)

 どうしよう、と思いながら、ぱしゃんとお湯で顔を洗う。

 安眠効果もあるというラベンダーの香りが肌に優しく沁みるようだ。

 浴槽の中で背を丸め、ぎゅ、と身体を抱いて俯く。タオルを巻いた頭から、焦げ茶色が数本、ふわりと落ちて湯の表面に浮いた。

 愛する夫には髪の毛筋ほども嫌われたくない。真白はいつも切実にそう願っている。



 風呂から上がって寝室に向かうと、ベッドの中で、着物を洋服にリメイクする特集の載った雑誌を読んでいた荒太がすぐ、それをサイドテーブルに置いた。

 荒太の目が静かで深い湖のような晩には求められると、真白は経験で学んでいた。

 ベッドにそ、と腰掛ける。

 荒太が手を伸ばして髪に触れた。

「心地まどひにけり」

「荒太君?」

「春日野の 若紫の すり衣 しのぶの乱れ 限り知られず」

 学校の教科書にも頻出する『伊勢物語』初冠(うひかうぶり)。その中で詠まれる歌だ。


 春日野に生える若紫草の根ですった狩衣の模様が乱れているように、あなたを想うわたくしの心は乱れて限り知れません。


 真白の唇が笑みに花開き、荒太は妻の細腕を掴んで布団の中、自分の胸に抱き取った。

「剣護先輩に譲る訳じゃないから」

 顎の下に挟んだ真白の頭に響くように震動するようにきっぱりと告げる。

「絶対、譲らない」

 荒太はいつも真白の身ぐるみをあっと言う間に剥いでしまう。今宵もそうだった。

 白い裸身が剥き出しに、震えそうになるのをかいなに抱いて尖ったような肩に唇を押し当てる。その唇が確固とした決意に動く。

「真白さんの身体に俺を刻み込む。京都に行っても忘れないように」

 焦げ茶の瞳が、今は自分の顎の下にある荒太を向く。

 吸いつくように、荒太が唇を重ねた。花の蕾のような真白のそれをこじ開けて、芯まで深く探る。忍びは長く呼吸を止めることが出来る。先に呼吸困難に陥るのがどちらかは明らかだった。

「――――…ん!ん、」

 真白の身体が荒太の下で空気を求めてもがく。密着した柔らかな肉体の揺れ動きにますます荒太はくちづけを深くした。真白の顔半分を食べる勢いだった。

 真白の目尻に生理的な涙が滲んだところでやっと口を離す。

 真白は肩からはあはあと大きく喘ぎ、目には透明な膜がこんもりと張って溢れそうだった。

 その在り様全てが荒太を縛り、酔わせて次の段階を惹起させる。

 荒太は下へ、下へと降りて行く。

 真白は目を閉じた。熱い雫が耳横に伝う。

「あ―――――――。こうた、くん荒太君、荒太君。ん」

 身体の本調子でない荒太は真白より早く汗ばんで来たが止められなかったし、やめるつもりもなかった。宣言通り、真白に刻み尽くすまでは。

 凶暴なほどの衝動で動き続けた。









挿絵(By みてみん)







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