五番目物
五番目物
翌日火曜日、探検団は学生であるホワイト・レディとプチ・フラワー欠席で大理石の浴槽に集っていた。集うメンバーが三名であっても美羽がいれば場がそれなりに賑わってしまうのだから、やはり成るべくして成った会員番号ナンバー1、餓鬼大将の資質を持つマダム・バタフライである。
そして彼女は今、ランスロットから差し出されたかっぱえびせんをボリボリと御満悦で齧っていた。
「力丸、もちっと品のあるお菓子を差し上げないか」
「りゅうき~」
「や、これは忝い」
弟に注意するミスター・レインもマダム・バタフライに「どぞどぞ~」と掌に桜色の五、六本を置かれては素直に賞味するしかない。
ボリボリボリ、としばしその音だけを大理石は聴いていた。
「そうですか、ザリガニもウーパールーパーもオオサンショウウオも上様は首を縦に振られませんでしたか~。何でかなあ?」
ランスロットの疑問顔をミスター・レインは「こいつ…」という目で見た。
「りゅうき。りゅう、う」
そうなの、でも代わりに竜笛を吹いてくれたのよ、という美羽に兄弟が頷いた。
「聴こえておりました。上様の『蘭陵王』、久方ぶりに耳に致しました。僥倖でございました。孝彰様のお耳にも届いておりましたようで、翌朝は日頃よりもにこやかなお顔でいらっしゃいました」
ミスター・レインが顔をほころばせる。
「上様は竜笛の名手であられるのです!」
ランスロットが胸を張ってマダム・バタフライに告げる。
「きききき、」
「下手くそなどとは真っ赤な偽りにて。それは上様の謙遜と申しますか。そも上様はこと芸能に関しましてご自身の腕前に厳し過ぎるのです。プロに笑われるどころかプロを笑ってしまえるほどの御方でございますれば」
「りゅう、うう~」
ミスター・レインが真剣な顔で竜軌の台詞を打ち消したので、マダム・バタフライは、足が治ったらお能も舞ってくれるって、と言った。
途端にミスター・レインとランスロットの顔がぱあ、と明るくなった。
「おお、上様の五番目物を観られるのかっ」
「何を舞われるのであろうな」
ランスロットのはしゃぐ声にミスター・レインも答える。
「りゅ?」
「あ、五番目物というのはですな、能の五種類分けた内の一つに切能、鬼能とありまして、とかく動きがダイナミックなのです。人外の鬼などがシテ…、主役でして上様が得意とされるところであります」
へええ、と美羽はミスター・レインの説明に、竜軌の舞いがもっと楽しみになった。
竜軌は当時の嗜みと言っていた。もしかしてミスター・レインやランスロットも舞えたりするのだろうか。
「りゅうき?」
「ああ、我らも上様には及びませぬがそこそこ修めております。成利兄上は三番目物、女能とも鬘物とも呼ばれる幽玄、優美な舞いが得手です。一般に能の代表格と目されておるところですね。私は二番目物、四番目物ですかなあ。修羅能、雑能と呼ぶのですが、二番目の修羅能はざっと申せば滅びの美学でして四番目の雑能は精神的にディープな主題が多いです。力丸は上様と同じく、五番目物を得手とするのですがこう見えてこやつ、中々に舞うのですよ」
「俺、能は結構、好きだ!型とか足運びが剣術にも通じる気がするんだよな」
「我が弟ながら意外に、観られますよ」
「りゅう~~~~~」
へええ~、とマダム・バタフライはランスロットのやんちゃな得意顔を眺めた。
「真白様も能を嗜まれますよ。真白様は一番目物の神能が際立っておられますが三番目物の羽衣もまた殊の外、見事に舞われます。まあ、あのお方は何かにつけて規格外でいらっしゃるから」
これはこれでマダム・バタフライにはとても納得の行く話だった。ホワイト・レディは料理を除外すれば完全無欠と言えるのだ。
「しかし上様、装束を着けられるのであろうか」
「仕舞いがお好きだよな」
ミスター・レインの独り言のような呟きにランスロットが相槌を打つ。
「だが美羽様のお誕生祝だろう」
「舞囃子?」
「いや、半能くらいはされよう。曲目にもよるが」
「仕舞いじゃないなら袴能くらいかなあ」
「ふむ」
「謡は?囃子は?」
「我らが駆り出されるやもな」
マダム・バタフライには理解出来ない能楽用語が続き、ぽつん、と独り寂しそうな彼女の顔に気付いたミスター・レインが咳払いした。
「とにかく、楽しみにされるとよろしいですよ。舞台は別としまして、主役は美羽様です」
「そうですぞ!!」
「まあ、能や剣術も結構だがお前はもっと本や書籍や読書に親しみなさい、力丸」
矛先が変わる。
「全部、同じ意味だよな」
「そうだ。お前でも判るか」
ランスロットがぷくう、と両頬を膨らませる。
「どうして誰も彼も俺を莫迦扱いするのだっ」
「………」
実際に莫迦だから、とは本音を言わないのがミスター・レインだ。
「あとな、お前がかっぱえびせんの袋を開けるや否や清流が飛び出て来るというのはあんまりだろう。どこまでお前の神器は意地汚いんだ。早々に何とかしないと外食もままならなくなるぞ」
「ぐぬう、俺の清流を仲間外れにするのか。ファミレスやマクドに行くなと言うのか」
右目が潤んだランスロットに釣られ、マダム・バタフライまで同情して涙目になり、ミスター・レインは事態の収拾に頭を悩ませることになった。
探検団は楽しいが、何か疲れる時が多いのもミスター・レインには事実なのだ。




