真ん丸
真ん丸
(別の女ってどういうこと)
美羽は飛んでいた空から引き摺り下ろされ胸をナイフで刺された気がした。
最愛の男から。
その竜軌は静かな瞳で説明する。
「家の為に嫡子を設ける必要があった」
(家。必要)
ならば。
〝新庄家の為にもそうするの〟
「いや。今は時代が違う」
美羽の唇がわなないた。
〝時代が同じならまた同じことするの〟
「そんな例え話は不毛だ。有り得ない」
〝ちがう!気持ちの話をしてる!!〟
「…現代感覚で育てられた俺であれば、しない。だが今生の記憶を持たず、前生のスタート地点に立てば。同じようにするだろう。そして同じ道を辿る」
逃がれようとした美羽の身体は引き戻された。
無茶苦茶に暴れ、爪で引っ掻き蹴ったりしたが、竜軌はびくともせず美羽はぼろぼろと涙を落とした。いけしゃあしゃあと言ってのける竜軌が憎く、反面、誤魔化さない誠意を見事と感じた気持ちも本当だった。皮肉にも、竜軌のそうした態度が自分への愛情を疑わせないのだ。
〝けっこんできない〟
「そんなことを言うな。幾らでも謝る。土下座する。坊主頭にしても良いから俺と結婚してくれ」
美羽は激しくかぶりを振った。涙が散って竜軌の顔にまで飛んだ。熱い飛沫に竜軌は硫酸をかけられた心地だった。
〝ちがう、そうじゃないのそうじゃないの〟
「美羽?」
〝おかあさんがいってた うちの家系は、子供ができにくいって
わたしもおかあさんがふにんちりょうつづけてやっとできたこだったって〟
しかし美羽を授かって幸福だと笑った母の、結末は。
〝いわれるまでかんがえなかった あなたのおとうさんはこどもをうまないわたしをみとめない それでも あなたが努力するっていってくれてうれしかったの〟
竜軌には美羽を抱き締めるしか術が無かった。
「落ち着け、美羽。可能性が低いと言うだけの問題だろう。お前の母もお前を生んだ」
〝けっこんできないわ、ごめんなさい〟
「美羽。言っただろう。俺は子供にそう愛情を注げない。この家からも離れるつもりだし算段もあらかたついている。お前が気に病むことは一つも無いんだ」
激しい嘆きそのまま美羽が泣きじゃくる声は竜軌の心を掻きむしり抉った。
〝それじゃ竜軌にお父さんも赤ちゃんもあげられない〟
「要らん。お前が結婚してくれないほうが痛い。辛い」
〝あなたに真ん丸の幸せをあげたいのに〟
「………お前が泣きながらそれを惜しんでくれるだけで俺は幸せだ。美羽。お前が俺を真ん丸にしてくれるんだ」
〝ごめんなさい竜軌。愛してるのに〟
「それだけで良い。それだけをくれ」




