別の女
別の女
夜、電気スタンドの明かり一つでも、美羽が華やぎ笑うのが判った。
「りゅうき、だいすき」
蝶は満開の花だった。喜びほころぶ。
竜軌の右腕を宝物のように抱えて離さない。
「……」
「だいすき、だいすき」
竜軌の右掌に美羽の歯と舌が触れる。仔猫のように舐めて来る。
竜軌は無表情だが頭の中まで無表情ではなかった。
(隠忍自重隠忍自重隠忍自重)
お経のように唱えている。美羽は仔猫のように掌を舐めるのをやめない。
いつものお返しだろうか。それとも子作り宣言がそんなに嬉しかったのだろうか。
竜軌の脳裏には望みながら子を授からなかった帰蝶の嘆きがあった。彼女の望むものなら何であれ与えてやりたかったが、こればかりはどうにもならなかった。他の女は孕むのになぜ帰蝶だけは孕ませてやれないのかと思ったりした。子供は格別、好きでもないが嫌いでもない。美羽が願うなら叶えたいし、自分との赤ん坊を抱かせてやりたい。
「…なあ、美羽。子が出来たとしてなんだが」
美羽は舐める行為から掌に頬擦りする行為に切り替えた。これはこれでくすぐったい。
「俺はお前ほど、子供を可愛がってはやれんと思う」
美羽の頬が止まる。
「出来てみれば変わる男もいるそうだが、どうも俺はその類ではないらしい。血を分けた子に注ぐ愛情が欠落しているようなんだ。…昔を鑑みるにな」
美羽が枕元のメモ帳とペンに手を伸ばす。
〝私との間の子、かわいくなかった?〟
「―――――――いや」
竜軌は言葉を探したが、結局は正直に告げた。
「すまない。お前は子を産まなかった。産んだのは別の女だ………」
美羽の顔が白く凍った。
氷の華になった。




