愛玩
愛玩
竜軌は外聞も憚らず、美羽を自分の膝に抱え上げてしまった。その上、後ろから耳の輪郭をなぞるように舐める。舌の濡れた感触がこそばゆく恥ずかしい。うっかり変な声を出してしまえばどうすれば良いのだ。本当にお嫁にゆけなくなる。
「りゅうきりゅうき!」
靴屋さんたちの見てる前で、と美羽は焦るが、頓着するような竜軌ではなかった。
「猫でさえ舐めたんだ。俺にも舐める権利がある」
真顔で主張する竜軌に、靴屋の店主夫妻は爆笑していた。
「まさかりゅうちゃんが、ここまでベタ惚れする日が来ようとはねえ」
ひー、と目尻の涙を拭いながら店主が、エナメルのヒール靴を修繕する手は休めずに言う。美羽は彼らを目視するに耐えられず両手で顔を覆ったのに、竜軌の舌はまだ追って来る。耳穴の中にまで入ろうとする。
(ちょ、不潔、綺麗じゃないのに、な、なに考えて)
美羽は身をよじる。疑問は無意味だ。こんな時の男の頭に思考などという崇高なものは存在しない。場所柄さえ弁えていない。
「いやー、若いって良いねえ」
「ほんとにねえ」
そんな会話で竜軌の暴挙を片付けてしまえる夫婦は、さすが長年連れ添った大人の男女、この道の先輩、先達であった。彼らにとってこの程度のアダルトは、おやつのようなものなのだ。コーヒーを飲みながらのほほんと観賞出来る。
「あ、すいません」
今、気付いたように竜軌が舌を美羽の耳から離して店主たちに詫びる。
しかしいかにも軽い口調だった。
「いや、いーよいーよ、続けて」
応じるほうも軽い。
(つ、つづけ、って、)
「ああ」
(おいこら竜軌いい)
唇がまなじりに降って来て美羽は目を閉じた。美羽にとって安息と憩いの場所である筈の靴屋で、こんな責め苦に遭う日が来るとは思わなかった。
ちょっとしろちゃんを可愛がっただけなのに、倍、竜軌に愛玩される羽目になってしまった。




