芝居
芝居
日が燦々と照る下、松がちらほらと植わる広い芝草の庭に装った人々が集っていた。
老若男女の共通点は、身に纏う衣服の上質であることだった。
多くの女性は日傘を手にしていた。美羽も庭に出る直前、文子付きの家政婦がやって来て、レースの縁取りのある日傘を持たされた。
揃いも揃って着飾った客人たちを見て、ドレスコードに材質は絹か麻という決まりでもあるのかしら、と美羽は思った。
受け答えは全部俺がやるからお前はくっついてろ、と竜軌に言われた通り、美羽は日傘を差して彼の隣について回った。
しかしそれはそれで好奇の目に晒されることが間も無く判った。
何しろ竜軌は堂々と、美羽の傘を持たないほうの手を握って歩いたのだ。
竜軌に話しかける人間は皆、美羽の顔立ちや着物にかこつけて、彼女の素性を知りたがった。さりげない視線には、少女を値踏みする冷たさが少なからず感じられた。竜軌の隣に立つからには、美羽も毅然とした態度を貫くつもりだった。自分が失態を演じれば、竜軌までが見損なわれる。
竜軌は中身の無い会話の遣り取りに慣れていた。
そして美羽への賞賛は素直に受け容れた。
「美しいお嬢さんですね」
そう言われれば美羽の手を握ったまま、てらいのない笑顔で、僕もそう思います、と答えた。こちらの女性を紹介していただけるかしら?と老婦人に請われれば、僕の婚約者です、と臆面もなく言ってのけるので、美羽は目を白黒させどんな顔をするべきか悩んだ。
中には美羽の存在を無視して、果敢に竜軌に話しかける令嬢もいた。
ライトピンクのワンピースが可憐な令嬢は、明らかに竜軌に見惚れていた。
竜軌は彼女の熱心な話に耳を傾けながら、唐突に尋ねる。
「ところであなたは、里見源九郎氏の『資本主義にピリオドを』と言う本を読まれたことはおありですか?」
「え、いいえ。記憶にございませんわ」
「お薦めしますよ。僕らのような立場の人間こそが読むべき名著です」
竜軌がにっこり笑う。
令嬢はそうなんですか、と答えるとそそくさと立ち去った。
「―――――今の話は嘘だ。そんな本は無い」
竜軌は美羽にだけ聴こえるようこっそり耳打ちした。
美羽は令嬢に悪いと思いながらも、ついくすりと笑ってしまった。
長いテーブルに掛けられた白い布。
銀食器、重ねられた白い皿。
サンドウィッチや、小さくて色鮮やかで贅沢な食材を乗せたカナッペなどが広い余白の中に並ぶ。
銀の小匙が添えられたカクテルグラスに入った黒い粒の山を、美羽は初めてキャビアと知る。
食べるかと竜軌に訊かれたが、首を横に振った。緊張と固く締められた帯のせいで食欲を感じないのだ。
真白は紺地に浮き出る水面のような模様が浮かぶ訪問着に、白い帯、同じく紺の帯締めに一対の鯉が彫り込まれた水晶の帯留めを着けている。長い髪を美羽と同じように結い上げているので、日傘の下に見える白い首が涼しげで眩しい。
五行歌の詠み手として本も出版している真白は、思いがけず人に囲まれていた。荒太や怜と同い年だが事情により休学していた彼女はまだ大学二年生で、キャンパスでも〝女流歌人〟とあだ名されていた。
怜はマイペースに芝の上に佇む風情で、真白と美羽の双方に目を配っている。
時折、話しかけて来る女性にはやんわり相手をしていた。




