おれの
おれの
「ありゃ、美羽ちゃん、お転婆さんだね」
赤いエナメルのヒール靴を検分した靴屋の店主はそう洩らした。
ソファに座る美羽はきゅ、と首を縮めた。艶やかなエナメルは爪先が線状に白く剥げていた。
「すまんな、親父さん」
冬だというのにビーチサンダルを靴下の上から履いた竜軌が、美羽の隣で謝る。
「いやいや、良いんだよ。ヒールが高いと安定性が悪いからねえ。おまけにこれは美羽ちゃんの足に合わせたオーダーでもない。旅行に持ってったんだろ?こうなることもあるよ。ちょいと待っててごらん。直すからね」
〝ごめんなさい、ありがとう〟
店主は笑っていやいや、と首を横に振った。
「京都にも持ってくの?良いわねえ、京都!」
コーヒーを美羽と竜軌に運んで来た店主の妻が憧れを感じさせる声音で繰り返す。
「で、竜ちゃんの靴は、と」
妻の声を流して店主が、竜軌が持参した黒の革靴を持ち上げる。
「踵が磨り減ってるね、取り替えよう」
「ああ、頼みます。それと、少し広げて欲しいんだが」
「窮屈になったかい?」
「いや、傷に負荷が掛からないように」
「怪我したんだったね、左足。ほい。木型使うから。お二人さん、のんびり待ってな」
竜軌と美羽は薄くて甘いコーヒーを口に含みながら、揃って頭を下げた。
白猫が寄って来る。美羽はコーヒーカップとソーサーを脇の正方形の台に置いて猫の前に屈み込んだ。
山尾と同じ金色の目をした猫は、山尾とは違い鋭い般若顔で美羽を試すように見た。
美羽が白い毛を物柔らかに撫でてやると、お気に召したのかごろりと横になった。
お腹のあたりをさすってやる。
妻に「しろちゃん」と呼ばれる猫は目を細め、ゴムのように身体をぐ、ぐ、と伸ばして行く。ぐーん、と伸びて、美羽が更に喉の下をくすぐるように指先で撫でてやると、目はますます、とろけんばかりになって今度は首が、ぐ、ぐい、と伸びた。
面白い。
撫でれば撫でるほどに際限を知らないゴムのように伸びて行く。
今度、山尾でも試してみよう、と美羽は思った。
美羽の愛撫に満足したらしいしろちゃんは、起き上がると美羽のレギンスに頭をこすりつけ、彼女の身体をぐる、と触れながら一周した。
そしてありがとね、と言わんばかりに美羽の指先をペロペロと小さな舌で舐めた。
(可愛い!可愛い…っ)
ザリガニやウーパールーパーではなく、猫を誕生日プレゼントにおねだりすれば良かっただろうかとも考えるが、それでも竜笛のラブソングに敵うものではなかった。
相好を崩していると、ふわ、と後ろから美羽の首に伸びる腕が一本。
「美羽。座って待ってなさい」
竜軌の腕に、彼の隣に引き戻される。竜軌はしろちゃんが舐めた美羽の指先を自分の指で撫でこすった。唇が若干、への字だ。
「りゅうき?」
「あらやだ、りゅうちゃん。しろちゃんに妬いちゃって」
店主の妻が可笑しそうに笑った。
竜軌は美羽の視線を避け明後日の方向を見て、知らんぷりしている。
美羽を取り上げられたしろちゃんが不服そうににゃあお、と鳴いた。




