ゆれわらい
ゆれわらい
京都旅行の費用を十二分なものにする為、日銭を稼ぐべく、孝彰の仕事関係の書類を片付けていた竜軌の肩が波のように揺れ出した。
「りゅうき?」
万年筆を蘇芳の卓上に置き、口を手で覆う。
「く。は、は。う、たまらん…」
何やら大いに受けているようだが、美羽にはさっぱり訳が解らない。笑えるほど楽しい仕事をしているとは見えないのだけれど。
「りゅうき―――――」
「ああ、美羽。おいで。我ながら、悪趣味だとは思うが、ついつい、聞き耳を立ててしまった」
手招きして美羽を抱き寄せる。竜軌は笑いながら揺れているので、震動が美羽にも伝わり美羽の身体まで揺れる。ともかく竜軌が御機嫌だということは判る。
「くく、く」
まだ笑っている。美羽は面白くなくなって来た。自分の与り知らないところで竜軌が喜び笑う。お前と旅を楽しもうと仕事してるんだから、と諭されてずっと大人しくしていたのに。美羽はだんまりを決め込んだ。
「拗ねるな、美羽。ん?」
気付いた竜軌が笑いを残した顔で覗き込むが、ぷいと横を向く。
〝きらい〟
メモ帳を突きつける。竜軌が片眉をひょいと上げた。
「ほう。嘘は良くないな」
〝本当だもの。大嫌い〟
「…連発されて楽しい単語じゃないぞ」
〝だいきらい〟
迂闊なことを言ってしまった。竜の檻の中で。囚われている中で。
竜軌から笑いの波が引いて行くのが判る。美羽は怯えた。
「美羽」
すぐ目の前にあるブラックダイヤ。きらきらして美しいのは何ゆえの美しさか。
「まだ日が高い。俺を挑発するな。抱き潰すぞ」
こんな時の竜軌の声は艶めかしく色気がある。男の低い声の色に震撼として、それだけで美羽は犯されたような心持ちになる。事実として竜軌はその効果を狙っているのだ。唇にかすりもされていないのに奪われたと思い息苦しくなる。
もがいても勝てない。




