曲がり角に百カラット
曲がり角に百カラット
美貌の男は声も出ないようだった。華やいだ顔立ちがフリーズしている。
聖良は苦々しい思いで、死刑宣告を待つ思いでそれを見ていた。春菊やパセリなど、苦味のある野菜は子供のころから平気だったが、この苦さは別格だ。今から自分は本気で好きになった優しい男に、手酷い拒絶を受けるのだ。
今度こそこれがゴールだと信じ、結婚を望んだ相手に。
だが次の台詞は予期せぬものだった。
「聖良さん。もしや私に合わせて演技されていますか」
「へ、」
「私はあなたなら、天使でもストライクゾーンたり得るのだと開眼したところだったのに」
「は、」
蘭は美しい顔を歪めた。
「小悪魔要素を加味されずとも、…私は」
「………」
(ん、何言ってんだ、雪人さん???)
聖良は混乱した。
「開き直れということですね」
「………」
(言ってねーし。あれ?流れが、)
変。
蘭は椅子から立ち上がり、おもむろに聖良の前にひざまずいた。
ただでさえ周囲から注目を集めていた青年の行動はどよめきを生んだ。飲み物をぶちまき蘭に窮地を救われた女性は引きつった顔でこちらを見ている。
「御手にくちづけすることをお許しくださいますか」
ちょっとボキャブラリーがおかしい、と聖良は思わなかった。魔法にかかったかのように、蘭に右手をふらりと差し出していた。
蘭はそれを恭しく受け取り、小粒の石が光るピンキーリングの付け根に唇で触れた。花びらに触れるように。忠誠を誓う騎士みたいだった。
「聖良さん」
「はい」
聖良の手を受けたまま蘭が、彼女の目をひたむきに見上げた。
「私は戦いに身を置く男です。あなたを残して逝かないとはお約束も出来ません。けれど私の伴侶となっていただけますか。式も新居もあなたの希望通りに致します」
「…あたし、摩り切れた女よ」
「私にはおニューのお洋服に見えます。とても可愛らしい」
蘭がにこりと笑った。嫌味も毒もない笑顔。
ダメだ、と聖良は思った。
ダメだ。こんな風に、幸せになってしまう。
信じられない。
「スリップ姿であなたに迫ったりする」
「嬉しいですね。望むところです」
「雪人さん」
「はい」
「あなたが禿げてもお腹がぶよんぶよんになっても、一生、好きです。あたしと結婚してください」
蘭が笑った。
それはそれは幸福そうに。
「はい。聖良さん。私は果報者です」




