※珍味
これまでのあらすじ。
真白に執着する青鬼灯は彼女をフランス料理に誘う。
しかしやって来たのは門倉剣護―――――――今生の真白の従兄弟で前生では兄、そして彼女を愛する男だった。
珍味
「喰わねえの、その、肉にパテついてっやつ?旨そうじゃん」
剣護がもぎゅもぎゅと牛すね肉の煮込みを食べながら青鬼灯に尋ねる。
「…胸が一杯で」
「どうしたよ、好い若いもんが。あ、もしかしてフォアグラが次、来るって聞いて驚いた?なー、俺もちょっと驚いたけど。でも俺、今日は手持ちが少ないしここはおたくの奢りでしょ?よろしくねー」
「…………」
もぎゅもぎゅもぎゅと剣護が元気に口の中に詰め込んだ御馳走を咀嚼する光景を観ながら、青鬼灯はこんな筈じゃなかったと思った。
相手が真白であれば牛すね肉だろうとフォアグラだろうとトリュフだろうと食べれば良い。そのあとで真白が食べられるのなら安い買い物だ。何が悲しくて大の男、しかも食欲旺盛なイケメン&ハーフにフレンチを奢らなくてはならないのか。ただただ福沢諭吉だけが逃げて行く。
(…美味そうに喰うな)
見ていて気持ちの良い食べっぷり。
しかも幸せそう。
ルックスがこれだしグルメリポーターにでもなったらどうだと青鬼灯は、半ば投げ遣り気味に考える。但し剣護の場合は気の利いたコメントをひねり出すより味わうことにのみ重点を置いてしまいそうだ。
「――――――真白さん、来ないんですね」
「そら来ないだろ、フツー。人妻って知ってて誘う君も君だよ」
ぐいーっと赤ワインを飲んでから剣護が言う。
「で、あんたが代理ですか」
「そゆこと。うお、フォアグラ、うんま、」
「泣きつかれて?」
「いや、話を聴いて俺が買って出ただけ、やわらけ、なんじゃこの絶妙な味加減っ。出汁?お出汁の力なの?フランス料理、侮れねーなー。羅臼昆布とか使ってねーよな」
「ピエロ」
「んん?」
三大珍味の一つを堪能している剣護が目を上げる。
〝灰色がかった、緑〟
「サーカスに行きたいの?」
「かっこ悪くないですか、あんた」
青鬼灯は腹立ちと侮蔑混じりの声を吐いた。
「どこいらへんが?」
グラスが傾斜して赤が揺れる。緑の双眸の下。
「本命の女は旦那とよろしく晩餐。で、アナタは俺なんかと顔突き合わせてる。丸っきしピエロじゃん。自分で虚しくなりません?あんたが尽くす一方で、真白さんは旦那と懇ろ。マゾでなきゃ出来ねえだろ。つーかキモ」
「ふーん」
剣護は酔う気配もいきり立つ様子も見せない。
「そいつは駄目だ」
「?」
剣護の台詞は青鬼灯の耳に唐突なものに聴こえた。
「お前、愛情一本なんとやら、っての知らねえで生きて来ただろ」
「…は、」
「真白への執着も、愛じゃない。あいつのこと、獲物みてえに思ってる。それだけだ。だから駄目だよ。お前、今後、しろに近寄るな。俺はピエロかもしれんが、一途だから。真白のことは守りたいんだ。良いな?警告はしたよ。青なんとかクン」
剣護はそう言い置くと、また食べて飲み続けた。
青鬼灯の内には敗北感と煮えくり返るような怒りがあった。
(負け犬が、何をほざくか――――――――)




