来たれり
来たれり
スタジアムジャンパーでフレンチはないだろうと思い、青鬼灯は少ないワードローブの中からショールカラーのショートコートを引っ張り出した。色はベージュ。真白のような女性との食事に着て行くにはこんな色が良いだろう。
普通、青鬼灯は女性と会う時にここまで考えない。相手が真白であるからこそ、細かい配慮というやつを珍しくもしているのである。ジーンズも、黒のスラックスに穿き替えた。
インナーは青と緑と白のチェックシャツ。これはこのままで良いだろうと適当に判断する。青鬼灯は七時よりだいぶ前に、オープンしたばかりでピカピカのレストランに着いた。
八時を回っても真白は来なかった。
澄ましたお仕着せの店員から冷たい好奇の視線が刺さる。
青鬼灯は前菜だけをつまみに、安い赤ワインをちびちび飲んでいた。
やがて「いらっしゃいませ」という声。
青鬼灯はその声に、何度目になるか解らない反応で顔を入口に向けた。
来た。
だがそれは真白ではなかった。
「やー、わりーわりー。バイトがさ、抜けられなくって」
襟が狼の毛皮のようなダウンジャケットを店員に預け、門倉剣護が青鬼灯のテーブルの向かいに座った。にかっと笑う。
「俺、門倉剣護。従兄妹の真白の代理で来ましたー。おフランス、奢ってくれるんだって?」
そう来たか。
きらきらと期待に輝く剣護の目を見て青鬼灯は思った。
輝く緑の、目。
「…あの…、」
「ん、なんじゃこら。フランス語。読めん。まあ良いや。店員さんにお薦め訊いて、適当に頼んじゃうね、すいませーん!」
剣護はメニューを見て顔をしかめると、さっさと打開策を講じてさくさくマイペースに食欲を美味珍味で満たすべく手を挙げた。
「え、ちょ、」
「あ、その前に酒だ、酒。これも奢りだよね?悪いね。俺、ザルだから覚悟してね」
「ちょっと、ちょっと」
「お客様、お呼びでしょうか」
「はい、甘口で、上等な、そだなー、赤の、高いワインが飲みたいんですけど」
「それでしたらお薦めがございます、お持ち致します」
「はい、お願いしまーす。それから、牛肉の、やわらか~いのが食べたいんですよ。それで適当に三、四品、ワインに合う料理を選んで持って来てもらえますか。お値段は幾らでも構いませんので」
「畏まりました。赤に合う、当店お薦めの品をお運び致します」
「よろしくお願いしまっす!」
お値段は幾らでも構わないだと、この緑の目ん玉野郎!
青鬼灯は予測しなかった急流に茫然としながらも、心の中で毒突いた。




