ダークグリーンは罪の色
ダークグリーンは罪の色
欲しい物が出来た。
青鬼灯の風貌は冴えないが、女に不自由したことはない。本気で欲しがられるのではなく、何となく受け容れられる。ただそれだけではあるが欲求は満たせる。赤花火の身体は十分に肉感的で飢えることはない。割り切った相手に、定期的に与えられるのは男として恵まれているとは思う。
だが受動的な青鬼灯にも意欲を傾ける対象が現れた。
成瀬真白。
雪の御方と称される、白い花のように清らな女性。
(俺のものにしたい)
散らして滅茶苦茶にしたい。
嗜虐をそそられるのは、彼女自身の非でもあるのではないか?
樅の木の側のベンチに座り、キャメルのコートを着た女性を眺める。
焦げ茶色の髪から垣間見える唇は微笑んでいる。俯いて、ダークグリーンのノートに何かを書き留めているようだ。近くを通りかかる男どもが、何食わぬ顔で彼女を意識しているのが判る。ご同類というやつだ。
(俺は手を伸ばす。お前らは永遠に指をくわえて見てろ)
青鬼灯は常のごとく足音を忍ばせて真白に近付いたが、真白はすぐに顔を上げて彼に気付いた。
やはり敏い。
「…青山さん」
「こんにちは」
「こんにちは…」
白い面には警戒があった。既婚と知りつつナンパして来た男だ。当然かもしれない。
「こないだはごめん」
とりあえず謝っておく。
「ううん」
真白はノートを閉じて首を横に振った。余計な警戒心を煽らないよう、青鬼灯は座らずに話しているので、真白は顔をかなり仰向けた。焦げ茶色の目に自分の姿が映るのに、密やかな悦を覚える。どうだ、成瀬荒太、と、それだけのことで思ってしまう。
「女流歌人。って呼ばれてるよね。今も、五行歌、詠んでたの?」
「うん。……言葉が思いついたらすぐメモ出来るように、専用のノートを持ち歩いてるの」
真白は肯定するだけでは素っ気無いと思ったのか、説明を添えた。
ダークグリーンのノート。表紙には金色の、英語らしきロゴがある。
「かっこいいノートだね。渋くて良い色。高そう」
「ちょっと高いけどね。昔から、五行歌はこのノートなの」
「へえ。緑が好きなの?」
真白の表情がふと静止した。
「…ううん」
青鬼灯は怪訝に思った。好きな色なら、そう言えば良いだろうに。自分を戒めるように否定した真白の思惑が解らなかった。そう言えば赤花火が、門倉剣護は妹に恋慕していると言っていたか。青鬼灯は、門倉剣護に関するデータを頭に並べる。真白の前生における兄であり、今生においては従兄弟、且つ幼馴染。確か父親がアメリカ人のハーフだったような――――――――。
「五行歌の本も、出してるよね。執筆で忙しくて休学してたの?」
青鬼灯は別のことを訊いた。
「ううん、祖母の看病があったから」
「ああ…。おばあさん、今は」
「亡くなりました」
真白の硬い声が微かに震えた。
「ごめん」
「良いの。どうしようもないことだから」
それは祖母の病のことだろうか、質問されることがだろうか。彼女は何度も休学の説明をして、そのたびに声は震えていたのだろうか。
「今日の夜、食事でもどう?」
「――――――え?」
「色々、やらかしちゃったお詫びに、御馳走する。奢るよ」
「良い、そんなの。荒太君と食べるご飯が一番美味しいから」
真白は明瞭に、凛然として拒絶した。
「近くに出来た、フランスレストラン、七時に予約しておく」
「絶対に行くことはない」
「来てくれたら俺の秘密、教えてあげても良いよ」
「行かない」
「来てくれるまで待ってる。料理が冷めても待ってる」
ひゅう、と冷めた風が吹き、真白は呆れた顔をした。
「いつの時代のドラマ?私は行かない、青山さん。料理が冷めて勿体無いけど仕方ない」
その時、青鬼灯がそれを尋ねたのは、単なる思い付きだった。
「君、ハーフの従兄弟がいるよね。目、何色?」
真白は凝固した。顔色が透き通って青味を帯びた。
「…灰色がかった、緑」
罪の告白のような声に、青鬼灯は事情を了解した。




