行く旅を語りながら
行く旅を語りながら
「湯葉は好きか。湯豆腐は。鱧は季節じゃないな。夏に行ったら川床で喰おう」
寝床の中で竜軌が語る声に、美羽は何度も彼の胸に頭をくっつけたまま頷いた。竜軌は少しくすぐったそうに笑うが、美羽の身体に回した腕を解こうとはしない。
「人込みはうるさいが四条通界隈を歩こう。『かづら清老舗』は逸品揃いだ、美羽に似合う物を買ってやる。蒔絵の、宝尽くし文様の櫛はお前も気に入るだろう。鼈甲に、純金蒔絵の簪もありだな。琥珀色と、黒と金の絶妙な色合いが、いつもより美羽を大人っぽくさせそうだ。さぞや俺はそそられるだろうな。舞妓簪なんかも良さそうだ、可愛い系だな。『二十三や』で柘植櫛も買ってやる。となると、手入れする為の椿油も必要だな。柘植櫛は丁寧に手入れしてずっと使うと、飴色の艶が出て良い風合いになる。『よーじや』であぶらとり紙も買うか?女はあんな店が好きだろう」
未来を語る優しく低い声が、ゆっくりと響き、それはそのまま子守唄にもなりそうだ。
美羽はじゃれて竜軌の顎を甘噛みした。お返しに胸を揉まれたのは恥ずかしかった。
「冬の京は冷えるからな、厚着をしろよ。それから、俺から離れるな。筆記が難しいだろうが、なるべく手を繋いでいろ。…俺がそうしたいんだ。…朝林家の菩提寺は、」
美羽の耳がそのワードに反応した。
「石塀小路から外れたところにある。初日に行くか」
美羽は頷いた。
「美羽?」
呼ばれて顔を上げる。もう虫のすだく音色も聴こえなくなった初冬の晩。
電気スタンドの絹の傘からオレンジ色の明かりが、二人を温めるようについている。
「美羽。愛しているよ」
「りゅうき」
「愛しているよ。愛している。俺の宝。俺だけのお前だ」
竜軌は閉じ込めた美羽の額にチュ、とキスした。
それから、右手を美羽が着る浴衣の、赤い帯の下に向けて割り入れた。竜軌は唇で唇を愛撫しながら、手では美羽の燃ゆる水を滾々と湧き出でさせる。器用だった。我慢しようとしても、美羽の上げる声は次第に大きくならざるを得なかった。それでも懸命に堪えようとした。淫らな女になってはいけないと。しかし竜軌は我慢するな、聴かせろ、と言った。ねだる響きで。熱を帯びたかすれた声音で。
抱かれているのと大差ない気がした。




