寒かった
寒かった
薫子が帰るのを見計らって、小十郎はガラス戸を叩き一芯の部屋にバルコニーから入れてもらった。外は寒かったので早く室内に入りたかったが馬に蹴られる訳にもいかない。ことは主君の大事でもある。
そしてその主君はかなり機嫌が良い。
「理解不能」
黒い編み上げブーツをバルコニーに置いた小十郎がぼそりと評する。ガラ、ピシャ、と冷気を断絶するとやっと人心地ついた。不敬にはなるが黒いコートは着たままだ。
「何が?」
「ほっぺにチューどまりで御機嫌な殿が」
中性的に整った顔立ちが疑問符を浮かべている。
「ちょっとお前、覗いてたの?」
一芯が眉をひそめた。
「千載一遇然で」
「インチキな言葉を作るな。まあ良いや、許してやる。今の僕の心は琵琶湖並みに広いから」
「微妙…。だし、殿はちょろ過ぎる」
「拒否られなかったから良いの。顔はほんのり赤くて瞳は潤んで、ものすっっっごく可愛かった。少しだけ震えてるのに強がっちゃって。僕はケダモノになる寸前で踏みとどまったよ」
「なってよろしかろうに」
「野蛮は嫌いー。泣かれたくないし」
「愛姫様、幸せにご落涙かと」
「上手いけどちょっとエロいこと言うね。こーじゅ」
「有り難き幸せ」
「褒めてないから」




