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世界を祝え

世界を祝え


 宮城県の民謡『さんさ時雨』は伊達政宗軍の戦勝歌とも言われる。


 一芯は浅葱色の稽古着に黒い帯を締め、閉じた扇子を両手でしとやかに持ち立っていた。

 彼の身体に特別な膜が出来たかのように、纏うものが常と異なる。

 やがて三味線の音色が響くと扇子を持つ手を僅かに浮かせて唄を待った。


 さんさ時雨、と唄が始まる。


 一芯の右手に持つ扇子と左手が上に大きく弧を描いて離れ、また少し身の幅より大きめに離し、左横を向いて左手人差し指と扇子の先をちょいとつけ前を向き、扇子と人差し指を大きく別つ。

 扇子に触れては離れる人差し指ははんなりと優美だ。

 時折、白い足袋が絶妙にちらり、ちらりと見えて色っぽい。


 胸の前から押し出すように扇子を平たく広げて行くにつれ、青い扇の表が光りながら現れる。

 右手上から左手下へ。

 くるり、と扇子を軽やかに回す。そのままとどめ、扇子の縁を上に青の全貌を見せ、その時にまたくるり、と扇子を回して思い切り右の上方に掲げる。右足は真っ直ぐに突っ張り、左脚は横に大きく開くと白い足袋が見える。


 色のあるなよやかさから、急に凛と勇ましくなる。


 それから足を揃えまたはんなりと、扇子を持つ右手としめやかに五指を揃えた左手を合わせ、扇子を上にしてまたふと左右引き離して、また、扇子と手を合わせる。


 動作はいかにも緩やかに艶麗に、だが隠れる戦意のような閃きがある。


 右手の扇子が腰をひねった一芯の帯の前で微か、下向きに止まる。その姿勢が得も言われず優美だ。


 優美さの中、立ち現れる一芯の戦意はそれすらも美しい。薫子は一芯の舞う姿を見ると、いつもどうしても見惚れてしまうのだ。際立った美形などではない幼馴染が、この上なく色っぽく美しい男に見える。気質は極めて男性らしく、しかも武士であるのに、『さんさ時雨』を舞う時に限り、一芯は艶めかしいような色気を出す。集中した左目の、動きすら。


 舞い終えた一芯が扇子を閉じて礼をした。今の舞いで、彼はかなりエネルギーを消耗していた。見て思うほどに易しい舞踊ではないのだ。

 にこにこと、糸目で童顔の師匠が一芯に向かって言った。

「おまけして六十点」

「―――――はい」

「刃物をね、混ぜちゃいけませんよ、一芯。いつも言ってるでしょうが。ぷりぷりしながら舞うのは、舞いと舞い手への冒涜。あなたの舞いはどうにも、喧嘩っ早くていけない。せっかくの素養が勿体無いですよ。美しさのみを取り上げるなら、一芯のそれは合格ですけどね。もっとね。こう、世界を。祝うように舞いなさい」

「肝に銘じます。急な稽古に応じていただき、ありがとうございました。お師匠さん」

 正座した一芯は師匠に向かって深々と頭を下げた。





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