ぱちゃり
ぱちゃり
剣護は漫画のように荒太の上に降って恋敵を押し潰すことはなかった。実際に彼の大きな体躯でそれをすれば洒落にならない事態になる。
彼が降って湧いた場所は寧ろ最愛の妹に近しく、うっかり剣護は真白ともつれ、倒れ込んでしまった。
「きゃ…、」
「お。すまん、しろ」
真白の髪が正面から剣護の顔をくすぐる。
「待てこら緑の目ん玉野郎っっ!!」
余裕綽々だった荒太の顔が俄かに殺気立った。
「大丈夫か」
「うん」
「えーと、お邪魔だった?」
真白を助け起こしてから、臥龍を持つ剣護は間の抜けた問いを発した。雪華同様、神器に荒太の結界への案内をさせたのだ。荒太は飛空を手にしたままだが、真白は荒太との問答の間に雪華を帰しているし、剣護も臥龍を闇に帰した。刃を握るのは荒太だけだ。
「あんたはいつでも邪魔や!存在そのものが邪魔!」
がうがうと荒太が吠えつく。
「ちぇー、そこまで言うなよ。だって相談があったからさあ」
「相談?」
「ええから離れろ、二人っ」
荒太は自分の命令が実行されるのを待たず言い終えるのも待たず、ずかずかと歩くと左手で真白の身を剣護からもぎ離した。そしてずさあ、と緑の目ん玉野郎から距離を取った。
妻のほっそりした肩に回した腕に力を籠める。紫のパーカーは手触りが良い。直肌に敵うものではないが。
「だからな?美羽さんたちが京都に行くじゃん。新庄から聞いたんだけど」
「…それで?」
「真白も行きたいんだろ?」
当然のように剣護が言って、荒太も真白を見た。
「………」
「伊達っちとかのことがあるから心配なんだろ。魔王たちのお邪魔虫にならないように、でも何かあれば手助け出来るように、こそっとついてってやりたいんだよな。真白は」
「………」
荒太は心がすう、と冷えるのを感じた。
言われてから、そうに違いないと思い至る。
自分よりも先に、剣護のほうが真白の願いに気付いた―――――――――。
近いのは自分のほうなのに。優位にいるのは真白の肌を誰より知るのは。剣護は知らないのに。掌中の花は逃げ水のようで奪っても奪っても。
安らげない。
「真白さんを冬の京には行かせられへん。底冷えが厳しい土地や」
「お前も論文大詰めで同行出来ないしな」
「…せや」
「剣護の思い違いだよ」
黙っていた真白が口を開いた。
「真白?」
「私は荒太君から離れない」
言葉を証立てるように真白は荒太にしがみついた。荒太は喜んだ。喜ぶ自分は何て単純な男だと呆れた。莫迦で愚かしく可哀そうな惚れた男という生き物。
「…真白。…兄ちゃんが、連れてってやっても良いんだぞ」
「ううん。でもありがとう、剣護。うちに寄ってハーブティー、飲んで行って。荒太君も、早く戻らないと冷めちゃう」
真白の柔らかな身体は温かい。独占するのは荒太で、緑の目で見守るのが剣護。
表面の下は誰も知らない。ゆらめくものかということも。




