二杯目の紅茶
二杯目の紅茶
「鱗家の皆さんはお元気ですか」
赤ん坊、出産の話題ののち、竜軌が冷めた紅茶を飲んでから文子に尋ねた。
母の前では猫を被る竜軌だが、服装はセーターにだぼっとしたミリタリーシャツ、ジーンズと普段通りで畏まらない。文子もそれを気にせず、赤いエクステさえ受け容れているようだ。竜軌のあるがままを文子が受け容れてくれていることは、美羽にとっても喜ばしい。
「お元気よ。お父様も、お母様も。お兄様、お姉様方も」
文子がカチャリとティーカップを置く。右手人差し指を右頬に当て、お代わりを飲むか考える風情だ。部屋の隅に控える秋枝に手を挙げたところを見ると、飲むことに決定したらしい。花が立体的に咲き乱れるようなマイセンの、華奢なティーポットが一旦、美羽たちの前から下げられる。秋枝は隣室に続く小さなドアに向かった。
文子の答えから美羽は、「りんけ」という家が文子の実家であると知る。つまり竜軌の母方の祖父母らの住まう里だ。確か京都だった。
「夏の、竜軌さんの怪我をそれは心配されてらしたわ」
「ええ、見舞いにいらしてくださるというのを、僕が大仰にしてくれるなと我が儘を言って断りましたからね。美羽のことは何か」
「お逢いしてみたいって。わたくしがとっても素敵なお嬢さんだと何度も申し上げましたもの」
「そうですか」
竜軌が笑んで、美羽はこそばゆかった。もじもじと金と濃いピンクのカップを両手の指で弄ぶ。文子が軟風の吹くように笑い皺を作った。
「美羽さんは京都にいらしたことがおあり?」
〝いいえ〟
「――――…」
竜軌は口出しするように身を動かしかけたが、唇が少し開いただけで音は出て来なかった。秋枝がティーポットを運んで来た。文子のカップに白い湯気を生じながら紅茶を注いで、竜軌のカップに注ごうとするのを竜軌が手で制し、ポットを受け取ると自分と美羽のカップに注いでからテーブル中央に敷かれた正方形の西陣織の上に置いた。花畑のようなポットと紅茶の芳香を残し、秋枝は再び定位置に戻った。美羽はその立ち姿を見て衛兵みたい、と思う。
「良いところですよ。雅やかで。一度、竜軌さんと行ってらしたらよろしいわ。そうね。冬はすこうし、寒いのだけれど」
美羽は竜軌の顔に目を遣った。表情は読めない。
「父さんがどう言うでしょう」
「美羽さんさえお望みなら母から伝えますよ」
軟風のまま、文子が請け負った。




