代替愛
代替愛
夏の日が降り注ぐ金網の向こうに段ボール箱が鳴いていた。
正確に言えば仔猫たちがすし詰めに入れられ鳴いていたようだった。
四メートルほどの高さの金網の上には有刺鉄線が巻かれ、段ボール箱は荒れ放題の広大な土地にぽつんと置かれていた。
どういう悪意をひねり出せばそんなことになるのか。
六歳の一芯は呆れ、遠からず仔猫の声が尽き果てることを疑わなかった。親に頼んでも諦めなさいと諭されるだろう。白骨化するのが猫でも人でも、自分に見えないところであれば構わない人間が多数派の、熱に炙られたアスファルトより乾いた世界。
しかし薫子は怒って、現状を打開しようと考えた。金網を登って、餌を届けるのだと言い張る。一芯は止めた。
〝有刺鉄線があるからダメだよ〟
〝あの猫たちが死んじゃうもの〟
〝ダメ。大怪我するよ。薫子。僕の言うことを聴いて〟
〝気をつけるわ。ものすごく、気をつけるもの〟
薫子の強情はがなり続ける蝉といい勝負だった。一芯は折れ、自分が代わると言って薫子を説得することになった。
数日間、一芯は幼馴染の希望通り、有刺鉄線の棘を巧妙に避け、仔猫たちにミルクや餌を運んだ。それでも腕や手に数本、傷はついた。薫子は一芯が金網を超える時、はらはらした顔で見守っていた。
その日は小雨がぱらついていた。
仔猫たちは無邪気に、一芯を経由しての薫子の厚意を受け、お腹が満たされるととろとろ眠るようだった。一芯は仔猫の上から雨がかからないよう、羽織っていた薄手のシャツを箱の上に被せた。空気が足りるよう隙間は開けておいた。足元には雨の気配で起きて来たのか雨蛙がいた。
そしていつものように金網を登り、有刺鉄線を超えようとした時。
光が奔った。
稲光に目が眩んだ一芯は手元を誤り、棘の洗礼を諸に受け、地面に落下した。
右目に激痛、激痛、激痛。
地面の上でのたうち回る彼に、薫子が悲鳴と一芯の名を呼ぶ声を交互に上げた。
薫子は泣いていた。
彼女のせいだ。
右目の激痛は、薫子のせいだ。
――――――だからきっと薫子は、また僕のお嫁さんになってくれる。
一芯は保健室の天井を見ていた。
頭痛がするので、と一芯が頭を押さえて言うと、数学教師は簡単にそれを信じ、一芯はサボタージュに成功した。昨夜は面白くないことだらけだったので、保健室のベッドでふて寝したら懐かしい夢を見た。
あの日から一芯は右目を失くし、薫子は自責の念に項垂れた。
(…大嫌い。お嫁さんにも、ならない)
青いドラゴンのステンドグラスが割れた以上に、薫子の言葉に一芯の心は割れていた。




