束ね、飾らせて
束ね、飾らせて
竜軌は山尾の一件を美羽に教えなかった。言えば心配し、心を痛めるのは目に見えている。それに食欲旺盛な猫の発言を聴く限り、阿呆らしくもあった。
昨夜、過去を悔いる山尾の声は深山のごとき悲しみで。
共鳴してしまったぶん、猶更だった。
「聴く」力を有しているとこうした弊害もある。
苛々していると竜軌は自分でも思う。
美羽が横に寝ている。
抱くことは許されず。酒も控えろと言われ気晴らしの外出も儘ならない。せめて自室で煙草を吸うも、美羽が傍にいなくてはつまらない。吸ってから時を置かずに胡蝶の間に舞い戻るのだ。
「美羽」
長い睫がぴくと震え、湾曲を描く。ゆっくりと透き通った双眸が空気に晒される。竜軌を向くと、双眸は月のように輝きを洩らしながら細まった。
(俺のもの)
まなこさえ、舐め取るようにして所有を露わにしたい。
この蝶に触るべからず、と。
竜軌を気遣ってか美羽は最近、靴屋に行かない。一緒に引き籠って、庭を散歩したりしてくれる。
美羽の短くなった黒髪の一房を、ざらりと撫ぜる。
早く美容室に行かせてやりたい。だが一人で留守番などしたくない。蘭や坊丸、市枝であっても美羽を連れて行かれたくない。
(…俺もカット技術は持たんしな)
特に美羽のうねる髪は、素人が手を出すには難易度が高そうだ。
〝髪の毛、変?目立つ?〟
美羽が枕元のメモ帳とペンを取って尋ねて来た。
「いや。―――――――なあ、一本に束ねてはどうだ?不揃いが紛れるんじゃないか」
思いついた、という顔で言う竜軌に美羽も頷く。
〝いいかも。でも私、あんまり可愛いゴムとか持ってないわ〟
「無粋を言うな。組紐はどうだ。絹糸を使った、濃き紅とか。…簪でまとめるのもありだな。銀か金か、貝、珊瑚、鼈甲……、うん、良い。よし、美羽。朝飯を喰ったら行くぞ!」
口を動かす内に竜軌は興が乗って来たようだった。目の中に躍動する光がある。
美羽は俄かに元気づいた竜軌の勢いにまだついて行けずにいた。
〝どこに行くの?〟
「決まってる。貴婦人のとこだ」




