猫に来ない明日
猫に来ない明日
山尾が目を開けると無表情の荒太がいた。目線を合わせるように胡坐をかいているが、背筋は伸びている。朝日を拝んだか、と山尾はリビングを満たす朝特有の白っぽい光と空気を見て感じて思った。
忍びは風、影。
「悟られぬ」ことが大原則。
正体を暴かれれば死は必然。
所詮は戦が本職の武人には勝てないのが常識だ。
嵐下七忍が高く評価されていたのは、忍びでありながら武人とも渡り合える技量を持っていたからでもあった。
ではあっても原則は原則だ。例えば荒太を始めとして、七忍は砂利道を音一つ立てずに歩く。状況によってそれが浮いて見える場合は、わざと音を立てて歩く。真白は荒太たちほど足音に気を遣わないが、それは彼女の絶対的な戦闘能力があってこそ許される特権だ。
「山尾」
山尾は起き上がり、荒太に深く頭を下げた。まだひざまずいたり正座したりは出来ない。
「荒太様。申し訳ございません。しくじりました」
「知っている」
「いかようにでも罰を受けます」
荒太の上睫と下睫がついて、離れた。
「お前は何の情報も洩らさなかった。自分の素性さえ。新庄はそう言っていた。危うく、熱した火かき棒を押し付けられるところだったとも。だからもう良い」
「……はい…」
荒太は和やかな笑みを浮かべた。
「腹、減ってるだろ?簡単な物なら作ってやるよ」
「…しかし」
「主君からの労いだ、言ってみろ」
「それではお言葉に甘えまして…ホットチョコレート!ベルギー産の濃厚な。アボカドと鮪の洋風サラダ、あ、コーンスープもっ。それからローストビーフ。フレンチトーストは卵と牛乳がよおく染み込んだやつで一口食べるとサク、ジュワ、と甘味が広がるような」
荒太の目がブリザードになった。猛吹雪である。
「――――――よりによって高カロリーばっか並べやがって。お前、今日から節制するんじゃなかったのか。兵庫から聞いたぞ」
「いえダイエットは明日からです」
「お前の明日は永遠に来ないな」




