表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
472/663

こなごな

こなごな


「僕は口うるさい美食家だ。レトルトは食べない」

 二階からガラスの割れる音が聴こえた。乱闘するような物音も。

 は、と一芯が母親瓜二つの人間を見る。服装から立ち居振る舞いから何から何まで―――――――――息子の嗜好を忘れていた点を除いては。

 ゆら、と母が笑う。一芯にさえ悪寒を呼ぶような、底無し穴のような笑い。

 これは人間か、と一芯は疑った。

「嵐下七忍が一。水恵」

 名乗りの後、煙幕が生じて一芯は顔を庇った。手でもうもうと立つ煙を切るように払い、正面を向き直った時には、リビングには一芯の他、誰もいなかった。入口に運んだ重いキャリーバッグは、何の魔法かボロボロに破れた透明のビニール傘に姿を変えていた。

 く、と奥歯を噛んで二階に駆け上がる。

「小十郎!」

 黒いコートの男は満月のようなランプシェードの下にひざまずいていた。月下の騎士、という単語を弾き出す詩的な自分の脳みそを、一芯はこの時ばかりはかち割りたくなった。

 廊下突き当りのステンドグラスが粉々に割れている。白い雲を突っ切ってグレーの空を飛翔する青いドラゴンが甘さを抑えてデザインされて、一芯は非常に気に入っていたのに。

 畜生、とらしくない単語を吐き捨てる。猫も消えていた。当然ながら。

 月下の騎士が風貌で予想するより低い声で報告する。

「逃げられた。猫の簒奪者は手練れ。得物は鎌」

「…二丁鎌の兵庫か」

「かと。面目なし」

 小十郎は項垂れた。

「いや、僕も七化けの水恵にまんまとしてやられた。相手がうわてだった。さすがだな」

 一芯は身を屈めて、青色のガラス片を拾った。

 この季節に廊下が吹き曝しになるという惨状と、戻って来た本物の母と父にどう言い訳するかと考え、一芯は暗澹たる思いになった。今晩だけで織田に対する恨みが幾つもカウントされた。

「…悔しそうだね、こーじゅ。汚名挽回のチャンスはまたあるよ?」

 忠実な臣下を慰めてみる。

「悔しい。二丁鎌の兵庫は、女好きのしそうな色男だった」

「どこに悔しがってるの」

 どうにも小十郎には、昔からずれたところがあるのだと一芯は呆れた。



 五軒ほど屋根の上を飛び移りながら疾駆したところで、兵庫は人気のない道に降り立った。左腕に抱えたグレーの塊に問いかける。

「おい、山尾。生きてるか?」

 山尾が弱々しく口を動かす。

「なんでお前なの…」

「あ?」

「…真白様とまでは贅沢言わない。けど、どうせなら斑鳩に助け出されたかった………」

「お前、一回、死んでも良いぞ」

「野郎の腕に抱かれて救出される身にもなってみろよ、兵庫」

「メタボ猫を抱えて跳んだり走ったりする俺の身にもなってみろ。節制しろ、今日から」

「ダイエットは明日から…」

「お前、一回、死ねよ」

「一回は死んで猫になったんじゃんか」

 手負いと知りつつ、減らず口を叩く猫の髭を兵庫は乱暴に引っ張ってしまった。
















挿絵(By みてみん)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ