ドアの外
ドアの外
見計らったようなタイミングだ。有り得る訪問者に思い巡らせた一芯の脳裏に、薫子の顔が浮かぶ。
もしかしたらグラタンを作りに戻ってくれたのだろうか。ささくれ立っていた神経が僅かになだらかになる。ほ、と小さな灯りがともるように。山尾は薫子にショックな発言をされて落ち込んでいた一芯の、格好の八つ当たりの的だったのだ。
チャイムがまた鳴った。
「…出て来る。お前はここにいろ」
首肯する小十郎と山尾を置いて一芯は階下に降り、玄関のドアスコープに左目を当て、驚いた。ドアを開ける。
「――――――母さん」
「遅いぞ一芯、さっさと出てよ。こっちは疲れてんだから」
ちゃきちゃきと闊達な女性が大きなキャリーバッグを横に立っていた。ジーンズに蛍光イエローのニット、麻の黒い厚手のワンピースを羽織ったショートカットの母は、いつも実年齢より若く見られる。ニットには革紐のロングネックレスに通された、革細工と外国のコインのチャームが下がっている。一芯の父が国内のギャラリーで手に入れ、妻に贈った物だ。
「ごめん、ちょっと立て込んでた」
「薫子ちゃん?」
「じゃなくて。父さんは?」
「コンビニよ」
母が肩を竦める。
「魚肉ソーセージでカップ酒を飲みたくなったんだってさ」
父らしい。
「今回は早かったね」
一芯がキャリーバッグを持ってやると母親も続いて家の中に入った。ああ、この空気、落ち着く、と両腕を伸ばす。
「そおー?」
「僕はレトルトグラタン食べたけど母さんも食べる?」
「んー、そうだなあ、一誠が戻るまで待とうかな」
一芯はキャリーバッグをリビングの入口に置いて微笑んだ。
「母さん」
「何?」
「誰だお前」




