貴婦人
貴婦人
白の御召縮緬には、黒の濃淡で白鷺と水草が描かれていた。
こぎん刺しの帯に赤紫の帯締め、銀細工に翡翠の小さな粒が三つほど乗った帯留めが光る。こぎん刺しにも赤紫が入っている。
文子の身の回りの世話をする家政婦が、美羽の着付けをしてくれた。
仕上がりを見た文子は、ほうと溜め息を吐き、満面の笑みだった。
「嬉しいこと。よくお似合いだわ、美羽さん。少し大人っぽ過ぎたかしらと心配もしたのだけれど、素敵に着こなしてるわ。とっても綺麗。でも簪を忘れていたわね。せっかく艶のある長い黒髪なのに。帯留めに合わせて翡翠のものを見繕っておきましょう。ねえ、竜軌さん。あなたからも褒めて差し上げて?殿方の称賛は女性をより輝かせるものよ」
美羽は心許無い顔つきで竜軌を見た。
「そうですね。色合いも雰囲気も、美羽によく映えている。さすがのお見立てですね、母さん」
その言葉が本心からなら良いけれど、と美羽は思う。竜軌は、母親の前では借りて来た猫を演じることに決めているらしい。
「そうでしょう?そうでしょうとも」
文子は得意げだ。そこでパンと両手を合わせる。
「そうだわ。来週、園遊会があるでしょう。美羽さんにも出ていただくのはどうかしら?」
良いことを思いついた、と言う声で提案した文子に対して、竜軌の顔はやや硬くなった。
「――――――それはどうかと。声の出ない彼女には負担でしょう」
「事情をお話して、あなたがきちんとエスコートして差し上げればよろしいのよ。美羽さんは素敵なお嬢さんだわ。紹介してあげれば皆さん、きっと見惚れるに違いないんですから」
「それでは俺が美羽を独占出来ません」
茶化すような台詞で、竜軌が風向きを変えようと試みる。
「いけませんよ、竜軌さん。あなたの選んだ方だと認めていただく為にも、そのような我が儘を言っては」
「父さんは納得しないでしょう」
「そちらはもちろん、わたくしがあの人を説得します」
文子の意思は硬いようだ。表情には出ていないが、美羽には、内心、眉をしかめているであろう竜軌の顔が目に見えるようだった。




