精密機械とレトルトグラタン
精密機械とレトルトグラタン
「一芯ー、今日、何食べたい?」
二階に上がって来た薫子が、部屋のドアを開けて尋ねる。ギンガムチェックのエプロンは制服の上に装着済みだ。
「グッドな響き。薫子、リピート!」
一芯がデスクトップの前に座ったまま言う。
「さっさと吐け」
「ちーがーうーそんなおっさんデカみたいなんじゃなくってさ。グラタンかな。ホワイトソースからよろしくね」
「死ね」
「いずれは。やるべきことをやってからね」
カチャカチャカチャ、とキーボードを打つ手は止まらない。
「ただの悪態だ、ほんとにさっさと死んだら殺すわよ」
「むーじゅーんー。人間だものねー」
平淡に歌う調子で一芯はうすら笑う。
「………何してんの」
「僕が死んだ場合、伊達方の生まれ変わりを託せる人間のピックアップ。器量で言うとやっぱり最上の義光伯父上かなー」
「あんた嫌われてたでしょ」
「今は昔。現代で、僕がたってと頼めば好悪の感情で断るような小物じゃない」
薫子が拳でガツンとデスクトップを殴った。
さすがに一芯が停止し、怒れる少女を恐る恐る窺い見る。
「薫子……?」
「壊れないじゃないの!」
薫子は憤懣に喚いた。
「いや、そう簡単には、て、薫子、待って」
もう一発、デスクトップを薫子は殴ったが、拳が痛んだだけだった。パソコンは平気な顔で鎮座している。
「もう、どうなってんのよっ」
「いや、こっちの台詞かな…?」
「待ってて、バケツに水、たっぷり汲んで来るから」
「待って薫子、そっちが待って、やばいって、本当に壊れるから、水ぶっかけたりしたら!」
「だからこっちはそれが狙い、目的なの邪魔しないで!!」
「―――――――もう下書きはUSBメモリーに入れて隠してあるしコピーもある。今やってんのは言わば清書。仕上げ作業みたいなものなんだ。だからこのパソコンをおしゃかにしても意味ない」
薫子の身体から力が抜けた。
そうやって。
いつもいつも先に進んで一芯は薫子を置き去りにするのだ。
頼んだって聴いてはくれない。両手で額を覆った。所帯じみたエプロンが間抜けて感じられる。
(あたし、何をやってるの)
叶わない。一芯に、ただ元気で傍にいて欲しいだけなのに。
「…薫子」
「グラタンなんてレトルトでも食べてなさいよ」
エプロンを荒々しく脱ぎ捨てる。
「大嫌いだしお嫁さんにもならない」
「ちょ、」
低い声で一息に言い切られ、一芯がたじろいだ。椅子から立って引き留めようとしたが遅く、部屋のドアは凄まじい勢いで閉められ激しい音が一芯に噛みつくように鳴った。




