フード
フード
「いえ。―――――――俺の名前を?」
「先日、掲示板の前でお友達といましたよね」
その時、彼が友人にどのようにからかわれていたかは不名誉な話になるので真白は詳細をぼかした。受講態度が不真面目な学生は教授の心証芳しからず、呼び出しを喰らうこともままある。大々的に名前が張り出されることも。
「ああ」
思い当たったらしい青年に反省の色はなかった。
色がない。
臭いも。無臭――――――――――。
荒太や兵庫と同業と言われれば通じるものの多さに気付く。透明であろうとする色、という逆説。長身の彼は青に白い袖のスタジアムジャンパーを羽織り、やや背を丸めている。自分より背丈の低い相手と話す内、身についた癖かもしれない。気の毒にと思った。
「タメですよね?学年、違うけど。敬語はいいすよ」
「そう。ですか?」
青鬼灯の言葉に応じようとしたが、真白は丁寧語を付け加えてしまう。
急な切り替えが利かない。青鬼灯は今度は本当に笑って図書館の傍にあるベンチを指した。
「座らない?」
「はい」
フランクに誘われて真白は頷いた。断らないのが当然といった自然な調子を生むのが巧みだった。
司書の女性が向ける興味深げな視線を感じながら、木の椅子に腰を下ろす。
「あの私、結婚してるから」
早口でまずはそう断っておく。何にしろ誘う男性には表明することにしている。ベンチの前に設置されたテーブルの下で左手の薬指を触る。
「知ってる。有名だよ」
流すような答えと、瞳に浮かんだのは面白がる色に見えた。
「はい」
青こと青山草吉が自分に接近する理由。真白の素性を知り、荒太や竜軌のことを探ろうとしている可能性はある。
「禁断の実ほど魅力的に見えるのも有名」
「は」
「俺、童貞じゃないよ」
「はい?」
脈絡の無い台詞に真白は警戒するより先に目を瞬かせてしまった。
伊達の忍びのそうした個人事情と、織田方に就く真白が何か関係するだろうか。
不意に後ろから、ダッフルコートのフードが頭にふぁさと被せられた。真白を隠すように。
「禁断の実とあんたの童貞と俺の妻に関連性が見えないな」
荒太が一陣の風のように軽やかに、真白の隣に座って青鬼灯を見据えた。




