桃から生まれた
桃から生まれた
大根三本。セロリ、エリンギ、パプリカに。
(…桃太郎。桃太郎?)
剣護は折鶴を広げて皺だらけになった紙面を怪しげに見た。
買い物メモに、犬、猿、雉を従えたヒーローの名が連なる理由を考えてから、腑に落ちた。
(トマトな。――――――そう書いとけっての)
今は年中、季節を無視して何でもかんでも売り場に澄まし返っている。八百屋で働いていても、ぴんと来ない名称も多々ある。桃は桃、トマトはトマトだろう。紛らわしい。しかし剣護がそれを口にしようものならどこぞの某若手料理研究家がわざとらしく頭を左右に動かす様が想像出来る。解ってませんね先輩、と。
(これ、まんま荒太の好みじゃんかよ)
小面憎い若手料理研究家だが、真白を中継に頼まれると剣護もノーとは言えない。真っ赤な折鶴を渡された時点で嫌な予感はしていたのだ。挑発しているのか、病み上がりの分際で、と心中、毒突きながらトマトを物色する。しかもここぞとばかり、大根三本などと重量にも遠慮せずだ。ポカリスエット一・五リットル三本の文字まである日にはあの野郎、と歯噛みしないではいられない。
明らかに計画的犯行と確信する。何が悲しくて荒太の為に労力を割かなくてはいけないのか。
(真白への愛が悲しくて?)
洒落にならないフレーズだ。もういーやと匙を投げ、適当にトマトを買い物かごに突っ込む。おっと、豆腐の上に置いちゃいかんと位置をずらした。左腕が子泣き爺に憑かれたようにじわじわと床のほうへ引っ張られる。臥龍とどちらが重いか、などと無意味な比較をしてしまう。建設的ではない。
建設的でないのは愛だけで十分。
思うままにならない。
想うままにならない。
世間をモラル重視の人間とそうでない人間に大別するなら、自分は前者になるのだろうという自覚が剣護にはある。真白もそちらの人種。
荒太は後者で、きっと彼であれば真白の兄であっても禁忌の壁をさっさと乗り越えてしまうと予測する。悪者になろうとも純然として、欲しい女性に手を伸ばす。
前生で一度は超えた壁を、剣護は超えなかった。超えようとしなかった。
荒太の出現を知っていたから己を戒めて、兄に、従兄弟に、幼馴染に徹しようとした。
(そうして、真白に罪の意識を感じさせて、宙ぶらりん)
自分は片恋と未練の一生で終わっても構わない。荒太の心情も知ったことではないが。
あの子が泣いているかもと考えると遣り切れなくなる時はあった。




