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あわよくば

あわよくば


(こんなものか)

 竜軌は孝彰に依頼された書類整理を終え、ざっと一瞥して及第点と判断し、蘇芳色の卓上に紙の束を置いた。万年筆をカランと転がして肩を鳴らす。黒いペン先の金は、きらりと蘇芳の上で光った。

 竜軌の背中に背中を合わせてもたれていた美羽が、海苔巻せんべいを片手に読んでいた文庫本を閉じ、振り向いた。

 終わった?と言うように、瞳が構ってもらえる期待に輝いている。

「終了。小遣い稼ぎ程度の報酬にしては面倒だった」

 美羽の首の後ろから手を絡ませて引き寄せながら、竜軌は軽い息を吐いた。

 お疲れ様、と美羽が彼の頭を撫でる。

「それが褒美か、足りん」

 催促を受けて竜軌の頬にチュ、とキスする。

「足りん。全然」

 今、くちづけたら海苔巻せんべいの味になってしまうのだが、と美羽は悩んだ。

 悩んでいたら竜軌のほうから唇を重ねて来た。

 竜軌の唇は右に動き左に動き、味わっているようだが海苔と醤油の風味はしないのだろうかと美羽は眼球をきょろきょろ動かしながら考えた。

 海苔と醤油はロマンチックからは疎外されるように思う。

 だがくちづけは長く、圧が強く、美羽の頭はミリ単位で後退していた。首に絡まる太い腕があるので、大きな後退は許されない。竜軌は閉じ込めての愛撫が好きだ。

「…んんー」

 少し唇が浮いて終わりかと思いきやまた被せて来る。

 貪るくらい美味しいものだろうか。飢えていたのだろうか。

(おせんべい、好き?)

 砂糖菓子よりは有り得そうだが好い加減に息が苦しくなって来た。

 喘ぐと却って竜軌は熱心になる。こんなパターンは前にもあった。解るような解らないような男性心理。心理と言うよりは生理だろうか。

 腕が美羽の背中を荒ぶるように抱き忙しなく動く。

 唇が解放されると鎖骨のくぼみに吸いつかれた。

 吸いついて下降して行く。ピンクがかったラベンダーパープルのチュニックブラウスの、その下にまで行こうと。

 ここで美羽は竜軌の頭を右手でがっしと鷲掴みにした。

 それでも動くので容赦なくはたいた。小気味いい音が一発。

 竜軌が止まった。

 恨めしそうな目で見上げて来る。

「雰囲気に流されてコロッと行けよ。可愛くないぞ、美羽」

 どうやら竜軌は、クリスマスまでは我慢、という約束をあわよくば反故にしようと企んでいるらしい。油断も隙もない。

「りゅうき」

 呼んでから頬に頬を合わせてすりすりと動かす。

 我慢だよ、我慢、と。

 竜軌はだいぶ悔しそうな顔をした。

 


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