月森
月森
真新しい木の匂いがする。
大地に根付いた樹木の湿ったような瑞々しさとは異なる、乾いた新しさ。
薫子の目指す店の隣が改装工事をしているらしく、長方形をした薄い木の板が何枚も改装中の入口脇に立て掛けられてあった。中では数人の男性が、手に刃のついた道具を持って動いている。
立ったり座ったり。薫子の知らない労働の現場。大人の世界。
自分にはまだ猶予がある、と心に言い聞かせて通り過ぎると自動ドアから店内に入った。
いつもは一芯と帰るのだが、整美委員会に出席する必要のある彼と、今日は別行動になった。薫子は色んなジャンルの音楽視聴が趣味で、品揃え豊富なこの店の常連だった。
騒がしい学生が少ないのも贔屓にする理由の一つだ。
ジャズの視聴コーナーに向かう。
CDの並ぶ棚の曲がり角から歩いて来た男性と肩が触れそうになり、お互い避けた。
薫子の持つ学生鞄につけたキーホルダーの鈴がちりん、と鳴る。
トレンチコートを自然に着こなしてしまっている若い男性は、薫子に向けて軽く会釈し、微笑を見せた。
そこで薫子は相手がとても秀麗な顔立ちであることに気付く。
物静かで理知的な空気は森で樹を仰ぎ見る人のようだと思った。
一芯に見習わせたい落ち着いた物腰だ。
彼が出て来た方面にはクラシックコーナーがある。
――――――――似合い過ぎる。
トレンチコート、クラシック、纏う空気と面差し。
全てがマッチしていてそのどれもが嫌味でない。
こんな男性もいるのか、と薫子は後ろ姿を視線で追いかけてしまった。
森のような。
いや、もっと高く。
森の上、夜に滲む月のような人だった。




