※王子様
これまでのあらすじ。
伊達政宗の生まれ変わりである佐原一芯は、竜軌たちに興味を抱く。情報収集に余念のない彼の放った忍びの一人である青山草吉・青鬼灯は、同じ大学の学生である真白に近づく。
王子様
月曜日、真白は三限目に行われる第二外国語の講義に間に合うべく、足を急がせていた。
この講義を受けたあとは荒太を迎えに病院に行く。
真白はフランス語を選択しているのだが、月曜のこの枠のフランス語授業が行われる教室は、文学部棟を一旦外に出た辺鄙な建物の中にある。せかせかしなくては遅刻する悩ましい講義場所だった。それでなくともここのところ風邪をひいたりして欠席が続いている。目をかけてくれている教授の信頼をこれ以上、裏切りたくはなかった。
それに今、学んでいるテキストが真白は好きだった。
『星の王子様』
フランス語ではル・プティ・プランス。
サン=テグジュペリ作だ。
うわばみを呑み込んだ帽子や羊、有名な王子様の絵もちょっとセンチメンタルで可愛い。
王子様は我が儘な花を愛していたのだと思う。
(ぼくは夜になると、空に光っている星たちに、耳をすますのがすきです。まるで五億の鈴が、鳴りわたっているようです……)
物語終盤のこのくだりは真白の胸にも鳴り渡り、夜空を見上げて思い出す時がある。
サン=テグジュペリが姿を消して後年、彼の名が刻印された指輪を偶然に発見した漁師は仰天したらしい。それはそうだろう。その時の心境を語った台詞も洒落ている。
(確か…、)
初めは嘘かと思ったよ。
だって海はこんなに広いのに、指輪はこんなにちいちゃいんだぜ?
外国の人のコメントはセンスがある、と感じたものだ。
文学部棟を出るとぴゅうと風が冷たい。
焦げ茶色の髪が煽られて顔の前で踊り、視界を阻む。
出入り口に設置された煙草の灰皿とパイプ椅子を憂う瞳で一瞥する。
煙草の匂いは苦手だ。荒太が吸わない人で良かった。
剣護も真白といる時は吸わない。
(こんな風に、比較する)
自分は嫌な女だと、教材とペンケースを持たないほうの手で髪の毛を押さえながら思う。
一際強い風が吹き、教科書に挟んでいた一枚のレジュメが風に乗って逃げようとした。
「あ、」
高々と上空に逃げおおせるかに見えたレジュメを、捕らえる手があった。
長身の。レジュメを掴む動きは俊敏だった。
「…どうぞ」
ぼそ、と言って真白に差し出したのは、凡庸に見えるもっさりしたアメカジスタイルの青年。
「ありがとうございます」
助かった、と真白は青年に笑いかけた。
横手に生える銀杏の大木もわさわさと揺れ、黄金色の葉を散らし切ろうとしている。
『Le Petit Prince 星の王子さま』サン=テグジュペリ作、内藤 濯訳 岩波書店より引用




