開花前
開花前
こちら京都からいらした呉服商さん、と着物を着た男性を紹介され、美羽は面食らった。
祖母の代からお世話になってるのよ、と笑顔で言う文子に、男性は、いいえ、こちらがお世話になってるんどす、と訂正した。
「それにしても竜軌さんまでいらしてくれるなんて、嬉しいわ。ついでにあなたも誂えていただく?」
にこやかに文子が息子に尋ねる。
「そうですね。まずは、美羽のものを決めてから」
あら嬉しい、と文子は言った。彼女ははしゃいだ声で続けた。
「紬の単衣、絣の銘仙、芭蕉布や紅型なんかも似合いそうね。美羽さんは、はっきり整ったお顔立ちですもの。揃えられるかしら?」
「それは、もちろん」
呉服商の男が請け負う。
芭蕉布や紅型は沖縄の物ではないのか、と危ぶむ美羽に竜軌が話しかける。
「母の個人受注のようなものだからな」
美羽は慌てて紙に書きつける。
〝お着物、一枚だけで結構です〟
「あら、それじゃわたくしがつまらないわ」
「気兼ねしてるんです。解ってやってください」
竜軌が取り成す。
「それに、俺が彼女の為に誂えさせるぶんも、取っておいてもらわなくては」
「そう、そうね。そういうことなら仕方ないわ。やはりこうした物は、殿方にいただくのが一番よろしいわね。では母は、美羽さんには一枚だけを差し上げましょう。そうとなれば選りすぐりますからね、美羽さん」
〝はい。ありがとうございます〟
小首を傾げて優しい声で宣言され、美羽にはそれ以外、返答の仕様が無かった。
「不機嫌だな、美羽」
美羽の自室に戻ると、竜軌が笑いを含んだ声で言った。
〝着物なんていらない。何枚も持ってたって宝の持ち腐れだわ。お金持ちの道楽にはつきあってられない!あなたのお母さんは優しい人だけれど、もっと他にすることはないの!?〟
殴り書きをざっと目で読んだ竜軌の笑みに苦さが混じる。
「まあ、そう言うな。着物ははまれば面白い。良い暇潰しにもなる。真白に着付けを習うと良い。お前は割と、気に入ると思うがな。着たところを俺にも見せろ。上等な着物を着たお前を見たい」
〝竜軌はずるい〟
「何がだ?」
言いながら彼はにやにやと笑う。
竜軌は自分の言葉が美羽に及ぼす影響を理解している。




