スカウト
スカウト
山尾が猫であるよりもまだ前。
山尾と言う呼び名すら持つよりも前。
当時呼ばれていた名前は、もう思い出せない。
戦乱の中、呆気なく死んだ妻子の顔も、思い出せない。
幸いなことに腕は立ったので、戦で重宝がられて雑兵として働き、その都度、報酬を得てたずきとしていた。
その年の秋、長い戦場から戻ると、山尾のいた村は燃えていた。赤々と、賑わう祭りのように。豊穣祝う祭りのように。戦とは、落命の祭りではある。燃え盛る粗末な家の中、血塗れた妻とまだ幼い息子の、見開いて乾いたような眼球の有り様だけは覚えている。顔貌は忘れたのに。蠅はいなかった。まだ死んで間も無かったからか、火を恐れて逃げたのか。
このまま、亡骸が家と共に燃えゆくならば、寺と坊主に世話になる手間は省ける。
そんなことを考えた。回向代も、安くはない。
火は。熱いな。――――――少しばかり余裕のある銭を持って、どこに行こう。
山尾は燃える家と妻子の亡骸に背を向けてゆっくり歩き出した。頬が濡れているのに気付いたのは、だいぶ時が経ってからのことだった。
それから繁華な和泉国、堺に赴いたのは、やはり寂しい思いがあったからだろうか。
虚しく悲しい思いがあったからだろうか。
妻も、息子も、団欒も、乱世では所詮、砂上の幻であったかと。
木戸を抜けるとそこは予想以上の喧噪と熱気に溢れていた。戦場とはまた別種の健全なる狂乱。ここにもまた、祭りがあった。それまで一度見たことがあったかどうか、というくらい珍しい異国の、異相の人間たちも闊歩していた。見慣れない奇妙な出で立ちをして。
うろうろと、物珍しげに教会や寺が混在する堺の町中を歩いていると、突如として山尾に飛来した金物があった。山尾は咄嗟にそれを腰に差していた刀の柄で払い落した。
地に落ちたそれを見ると棒状手裏剣であった。
手裏剣としては、最も一般的と言える形。戦場でもたまにお目にかかった。
手を叩きながら家屋の隙間から姿を見せたのは、まだ若い優男だった。腰刀を差している。
〝見事、見事。やるなあ、あんた〟
のんびりした口調で褒められ、面白い筈がない。
〝何の真似だ、小僧〟
〝俺は堺の会合衆・今井宗久の甥で嵐、言う者や。今、使える間者を探しててん〟
男が朗らかに笑いながら言う。
〝小僧に使われるなぞまっぴら御免〟
〝ほんなら立ち会え。「小僧」が勝てば、影になれ〟
そして山尾は「小僧」に負け、嵐下七忍の一員となった。




