おいで
おいで
山尾は車道を挟んで佐原家が見える石垣の前で、くふぁ、と欠伸をした。ついでに伸びをした。猫のように伸びをした。二本足で立って、両手を挙げて伸びをすればどう見ても不審猫だからである。それでなくても、自分に向けられている疑いのまなこに彼は気付いていた。長身の、青い風のように動く男は同業者だろう。臭いが無さ過ぎることがこの職種特有の臭いを物語るのだから皮肉だ。
自分の手の肉球を見る。これが女子、女性には特に受ける。
光瀬薫子、前生において田村御前と称された少女は、中々におきゃんで悪くない。
どうもツンデレらしいのだが、山尾を見ると笑み崩れ、歩み寄って話しかけ、頭や喉を撫でてくれる。可愛い。「可愛い!」と言ってくれる彼女こそが可愛いではないか。
残念ながらまだ抱っこはされていない。山尾はとりあえずは猫であるが、抱っこしてもらえる機会を虎視眈々と窺っている。このようなことを荒太が聴けば何をやってるんだお前は、とどやされるだろうが、自由気儘が山尾の信条だ。忍びとしては異色。
(吾輩は猫であるからにして、なんちゃって~)
その点、兵庫などはいかにも浮雲でござい、と振る舞ってはいるが、あれは根っからの忍びだと山尾は知る。
主君である荒太、真白は別として嵐下七忍のリーダー格が務まるのが良い証拠だ。
(刹那に生きる男。業かねえ)
世に己の幸せをさて置く人種がいるとすれば兵庫は洩れなく、そのお仲間だ。
(ま、あれはあれでそれなりに楽しんでもいるようだし)
フェミニストな色男はモテモテで周囲に女の影が絶えない。結構なご身分である。
今日は太陽の機嫌が良い。ぽかぽかした陽射しに微睡みそうになる。人間だった時には無かった、全身を隈なく覆うグレーの毛が日光を吸収して、山尾はアーモンド形をした金色の目を糸のようにすうと細めた。
彼方に置き去って来た昔々の夢を見そうな、そんな日だ。




