祭壇に捧げられた花
祭壇に捧げられた花
そして彼らはお湯の張られていない大理石の浴槽に集結した。
困惑の表情を隠せないのは探検団に新加入した会員番号ナンバー5、押崎佳世ことプチ・フラワーだった。
「…あのう」
口を開けば綺麗な面立ちが揃って自分を向き、ひ、と怖気づく。
(入会条件に美形規定があるとか?聴いてないわよ、)
中学が休みの土曜日、店番にも飽きていたころ、いきなり惣菜屋に佐野風人が押しかけて来たかと思うとさあ行くぞと手を掴まれその時は胸が鳴った。まだ片目に慣れないのだろう、時折、あっちに転びこっちに転びしながらも彼は佳世を和風豪邸に導き、佳世は玄関先でクラッカー音と探検団の面々に歓迎ムードで出迎えられた。その時、廊下の向こうから目を剥いて「美羽様、それはなりませんっ」と叫んで来たのは家政婦さんだろうか。その言葉で佳世はこれが「みわさま」かと知った。
長く揺れる黒髪には艶があり、確かに美少女だったがイメージは裏切られた。
花よりは水鉄砲を貰って喜ぶ感じ。しめしめ、とほくそ笑むような。
悪がきめいた表情が佐野風人に似ていると思った。佐野露人、ミスター・レインと名乗った青年は、風人を数年、成長させればこんな風になるであろうという容貌だった。但し雰囲気は文学青年めいて風人とは趣を異にする。風人が大怪我した、赤くて変な空間で槍を持って戦ったのは更にその兄と聴くから血の繋がりには納得した。華々しい兄弟たちだ。成瀬真白、ホワイト・レディは何ともたおやかな、しっとりとした美女だった。しかしそんな文学青年、淑女と見える彼らも、目にいたずらっぽい光が躍る点では風人や美羽と共通していた。
要は類が友を呼んだのだ。
佳世は自分が決断を誤ったような気がしたが、時、既に遅し。
広い、大理石で作られた空っぽの浴槽で、宅配ピザにコーラまで準備されて入会祝いの宴がやんやと繰り広げられているのだ。ここで途中退場など出来ない相談だった。
「なあに?プチ・フラワー。解らないことは何でも訊いて?」
ホワイト・レディが優しく尋ねてくれるが、佳世はどうして自分がここにいるのかが解らなくなっていた。
(人には、住み分けという分別も必要ではあるが、しかしまた努力次第で、)
気が動転し、目を白黒させてなぜか学校の校長先生の口癖を思い出す。
「りゅうき。き?」
「マダム・バタフライがコーラよりサイダーのほうが良かっただろうかと仰せです、プチ・フラワー」
何で判るのこの人、と佳世は美羽を見たあと、ナチュラルに通訳した露人に驚く。それにそういう二択で悩んだりはしていない。
「臆するな、プチ・フラワー。我らは正義の同志。弱気を助け強きを挫く弱肉強食の、てっ」
甚だしく矛盾した一説をぶとうとした弟の頭をミスター・レインがぶった。
「勧善懲悪をモットーに掲げるグループです。プチ・フラワー。ランスロットは猿並みゆえお気になさらず」
にこ、と微笑む文学青年。
猿並みなのは知っていた。話せば判る。わからいでか、というものである。
わいのわいのと騒ぐ連中を前に佳世は、脱衣所のドアに引き摺り込まれる際、離れた位置に立ってこちらを観察するように眺めていた、黒っぽい、赤いエクステが印象的な男性の目に同情の光が浮かんでいた理由を、遅まきながら察した。
助けてくれれば良かったのに。




