情
情
竜軌が入って良いかと襖の向こうで言った。
美羽はチリン、と鉦を鳴らした。
「どうだった、昼間は」
怖がることはないと言いながら、それなりに心配してくれていたらしい。
「育ちが良過ぎて無神経になる場合もあるからな」
新庄文子は実家が京都にあり、代々宮家の血筋を引く令嬢とのことだった。
(正真正銘のお姫様)
〝あなたのお母さんは優しい人ね〟
「世の厳しさを知らん人間だ」
竜軌は美羽の言葉に単純な肯定を示さなかった。
〝お着物、作りましょうって言われたわ〟
竜軌が笑う。
「そんなところだろう。誂えさせれば良い。見目の良い娘が近くにいてはしゃいでいるんだ。真白も母には気に入られている。二人してたまに茶を点てたり、花を活けたり。ままごとだな、あれは」
〝私はそんなことできない〟
「解っている。あの人も無茶は言わん。他に何かあったか?」
美羽は迷ったが、迷う顔を晒したところで竜軌に訊かれた。
「何があった」
〝本当は、養子縁組したかったって。私のような娘がいたら嬉しいって〟
黒い目が続きを促す。
〝けど、お父さんに反対されたって〟
竜軌は何度か頷いた。意外でもない、と言う顔だった。
「気にするな。それぞれの価値観がかけ離れた夫婦だからな。母はとにかく情で動く。父は理性と冷徹と打算で動くが、情を全く解しない人間でもない。相手の人格は正確に測れる男だ」
美羽が物言いたげに自分を見る目に気付く。
「何だ」
〝寂しかった?子供のころとか。今まで〟
「それはない。だがお前がいれば色々と違っただろうな」




