ピンヒールよりも高い
ピンヒールよりも高い
ちょっとまずいかも、と剣護は考えていた。
はなと名乗った女性の体温が剣護に、徐々に接近しつつある。ジーンズに、肉感的なふくらはぎが当たったようなのは、気のせいではないだろう。当てられたと言うべきか。弾力があって気持ち好い。他愛なく快感を覚える。男とは悲しい生き物だ。
悲しい生き物だ、と思って赤と金に光るピアスを見る。
機嫌を損ねた女は難しい。徳川家の埋蔵金を持って来い、とかいうミッションのほうがまだ易しいように青鬼灯は思う。特に気が強く、顔にもその他にも自信のある女は。
場所は光瀬家と佐原家が遠く見える、街灯の乏しいアスファルトの上。暗がりこそが忍びの住処である。
今夜は金星の輝きが強く、月さえ圧するようだ。
(愛と美の守護星とか雑誌で見たような。赤花火向きな飾り文句だな)
「ドジッた訳でもないだろうに。赤花火」
全身から怒りのオーラを発散させる同胞に、投げ遣りと知られないよう声をかける。無駄は承知だが声もかけなければ事態は悪化の一途を辿る。赤花火は高慢でもあるからだ。
「プライドの問題さね、青」
「ではあろうがな」
ゆっくりした声、ゆっくりした首肯を心がける。長い付き合いで学んだ赤花火の扱い方だ。
「甘い女がお好みだとよ、門倉剣護は」
赤花火は濃い眉を吊り上げて顎を逸らした。
〝はなさん。俺、甘い女に惚れてんだ〟
そう言って緑色を細くして、穏やかに微笑んだ。
優しい拒絶など鋸の刃よりも痛い。
「接触を中途でやめるなよ。殿の命だ。プライドなどという甘えを言えばお叱りを蒙るぞ」
青鬼灯の念押しに赤花火はきり、と赤い唇を噛む。
「それから」
「まだ何か?」
赤花火が苛立ち険しい声を出す。
「太った、グレーの猫」
「が、何よ?」
「気になる」
「どこが?」
「………何となく」
鬼女のような面相になった赤花火を見て、青鬼灯は自分の迂闊を呪った。
ピンヒールで蹴りを入れられるかもしれない。




