キャラメルでいい
キャラメルでいい
寒い中、ローズマリーが青紫の小花を健気につけている。
独特の芳香を放つこのハーブは料理にも多用され、滋養強壮効果もある。両親が家を空けている間、これら家の敷地に生える草木の世話は一芯の仕事だ。それは建前で、怠けがちな一芯を見るに見かねて薫子が水遣りなどしに来てくれる。有り難いことだ。そのお礼に、料理に使いたい時は勝手に好きなだけ取って行くよう言ってある。
薫子は料理だけでなく、ガラスの花瓶に挿して観賞用にも使っているらしい。
料理に使うとしか言わないところが可愛い。
黒っぽい銀色の、真鍮のプレートに佐原、と彫られた斜め下にはローマ字で同じ名がある。ミルクチョコレート色の煉瓦の外壁で囲まれた家の、玄関の門柱足元にも小さな花壇が設けられ、そこにローズマリーの小花を見ると我が家に帰ったなと一芯は思うのだ。場所が場所だけに犬にマーキングされている可能性もあるので、薫子には持って行くのなら内側の庭に生えるローズマリーにするよう勧めてある。
燭台のように細い真鍮で構成された、冷たく硬い門扉を握ると視線を感じた。
グレーの毛並みの大きな猫が行儀良く座り、金色の目で一芯を見ている。
目が合うと、みゃあと鳴いた。
だみ声の猫だなと思う。
動物は嫌いではないが煮干しなどの持ち合わせは無い。
「………お腹空いてる?」
物は試しと訊いてみる。
たちまち猫の金色の目が爛、と光り、力強くみゃおおう、と鳴いた。犬のように尻尾を振る。変わった猫だが愛嬌はある。
「ごめん。今、キャラメルくらいしかなくてさ」
一芯が思わず詫びると猫は媚びるように摺り寄って来た。
「ダメだよ。喉に詰まらせるよ。猫踊りはしたくないだろう?」
そう声をかけると猫は無念そうな表情になり、とぼとぼ離れ、また元の場所に座り込んだ。
随分と人間じみた猫だなと思いながら、一芯は門扉を開け中に入った。
「猫踊りなんてするもんか…」
一芯の姿が見えなくなってから、山尾は尻尾を揺らしながらぽそりとこぼした。




