影たち
影たち
嵐下七忍が勢揃いすることは滅多にない。
大抵は誰かが地方に飛んだりして欠けている。
フリーライターの河本直こと兵庫の住まいでは、その滅多にないことが起きていた。
空に宵の明星が光り始めるころ。
凛は部屋のデスクの上に置かれた月球儀を回すのに熱中していた。彼がそんな風であるのはいつもなので、気に留める者はいない。
「愛姫がどこまで抑止力となるか。目下、独眼竜の手駒は」
「片倉小十郎景綱」
「だけではなかろう。言葉ほどに人材不足ではあるまい」
月球儀を回すのに飽きて、次は隣の地球儀を回し始めていた凛が口を挟む。
「でも精鋭じゃないでしょ?僕らみたいな」
「大口ね。慢心は身を滅ぼすわよ、凛」
斑鳩が温かくも冷たくもない声調で、集う顔触れの中、最年少の若者に言った。
「事実だと思うけどなあ」
山尾が透明の髭を肉球で整えながらのんびり意見する。長い尻尾をくねくねと曲げたり丸めたりしているのは、シリアスな空気にやや退屈している証拠だ。
「……静かだな。兵庫?」
両腕を組んでいる黒羽森が、同じようなポーズで壁にもたれる部屋の主を見た。
「やる気が出ないだけさ。また下請けの下請けだ」
ふう、と煙草の煙を吐き出す。
お気に入りのスーツがやに臭くなることを斑鳩は好まないが、文句をぶつけることはない。そんなことを言っていては男社会の警察で働いてはいられないのだ。
「前生と大差ないだろう」
黒羽森が窘める。
「昔も、俺は気が進まなかったんだ。嵐様や若雪様の直接の意思と異なるところで動くことは」
「忍びに本人の希望など要らない」
温和な風貌の水恵が厳かに言う。兵庫が彼女に視線を遣った。
「だが人間だ」
「違うな。人であって人にあらず。兵庫どのは昔からヒューマニスト過ぎるのだ」
「割烹着の似合うベビーシッターの台詞とも思えんね」
くノ一が頬を歪めた。ぽかりと浮かぶのは冷笑。
「似合う似合わないすら我らには無意味。極限まで透明であり、必要ならば何にでも変貌せねばならないのだから。それが存在意義だろう」
兵庫が肩を竦める。
「さすがは七化けの水恵だ」
「――――水恵どのの言うことは尤もなれど、人なればこそ人に化け得るも事実でしょう」
黒羽森に比肩するいかつい身体つきの片郡がそっと言葉を添える。黒羽森がいかにも偉丈夫という印象を与えるのに対して、片郡は澄んだまなこから朴訥とした農夫のような印象を与える。七忍の内、一番の穏健派だ。
「そうね、二人共、一理あるわ。話を進めましょ」
斑鳩が素っ気無く言った。




