世界構成
世界構成
夜中過ぎには、竜軌は名残惜しそうにしながらも美羽を解放した。
美羽がまだ少女であること、成長途中で睡眠が大切であることや自分の足の怪我など、諸々の事情を考えたのだろう。竜軌の配慮に美羽は安堵し同時に、竜軌にまだ残る余裕を無念に思うという、今では慣れた矛盾を感じた。
解放しても浴衣を着させてはくれなかった。裸のままで密着して寝たいと望まれ美羽はそうした。
美羽には男性の欲望のシステムがいまいち理解不能だった。
けれど身を寄せ合う獣のように竜軌と眠るのも、それはそれで好きだった。
この上なく幸福な二人ぼっち。
だが世間というものの蓋を開ければ、恋人同士、夫婦二人、それだけでどこまでも独立して単独で生きて行けはしないのだ。
朝になり、朝食後、美羽の申し出た言葉に竜軌は難渋を示し反駁した。
〝当分、しない〟
「…夜か」
〝そう〟
竜軌の眉間に皺が寄る。
「なぜそんなことを。嫌になったのか」
美羽はかぶりを振る。
〝ちゃんと入籍してもないのに、たくさんいちゃついたら、お父さんはきっと嫌に思う。でしょう?〟
「かもな。なら入籍しよう」
〝お父さんが反対する。私はまだ未成年だし〟
「同意が必要と言うなら俺が話をつける」
〝交換条件とか取り引きとか、賭けとかはダメよ〟
「…なぜだ」
〝心が伴わないもの。それじゃ意味が無いわ〟
「親父に心とやらを期待して、俺を待たせる?」
竜軌の声が不穏な響きを帯びた。口角の片方を皮肉に歪め笑う。
「二十五年だ、美羽」
声を荒げる代わり、噛み締めるように竜軌が言った。
「二十五年、お前を待った。捜して捜してやっと出逢えてからも、俺はお前を待ち続けた。布団の傍らに、お前の体温を感じながらもだ。ようやく許され、愛せたのに」
切々とした声音に、怒鳴られたほうがましだと美羽は思った。
「また待てと言うのか。―――――――あの男が改心するまで?そんな日は来ないっ」
竜軌の眉間の皺がいよいよ険しく深くなり、低い怒声が空気を震わせた。
「りゅうき」
竜軌は孝彰に抱く何らかのしこりがある。
美羽がそれに気付いたのは最近だ。ただドライに、父親を突き放して見ているだけではない。
人は一人では生きて行けない。二人だけでも生きて行けない。
竜軌を愛するからこそ、美羽は彼の周りには優しいものがあって欲しい。
明るさの下に立ちいつも笑っていて欲しい。
だから臆さずメモ帳を見せる。
〝私に、「お父さん」をちょうだい〟
「………」
〝竜軌と、お父さんと、お母さんと、皆で一つの家族を私にちょうだい〟
卑怯な言い様をしていると承知で美羽は竜軌の瞳を見た。
美羽は強かだから、竜軌が拒否しないことを知ってこう言うのだ。
竜軌の為なら悪女にもなる。
竜軌は静かな顔で美羽を見た。表情から険が失せている。
「美羽。お前はずるい女だ。ずるくて莫迦で、俺が好きなんだな」
最後の声はふわりと柔らかだった。
美羽の心を解っている。
「クリスマスまでだぞ。イブにお前を愛せないなら腹を切って死んでやる」




