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蓑虫

蓑虫


 浴衣に丹前を羽織り、スリッパを履いて脱衣所の戸を開けると竜軌が立っていた。

「りゅうき」

「早く帰るぞ、泣き虫」

 ドキリとする間も無く手を取り引かれる。目立たない程度に左足を庇いながら歩いている竜軌を見て、自分の決断の正しさを美羽は確認した。

 良かった。胡蝶の間に着いたら早速、包帯を替えよう。


 竜軌は布団に座ると、ぐるぐる巻きの左足を横着に美羽の前に投げ出した。

「ん、」

 ぺし、と包帯の上から叩いてやる。

「ったああ。お前、怪我を心配してたんじゃないのか!?」

〝高ピーなバカにつける薬はない。巻く包帯もナッシング〟

「亭主を労われっ。…お前、そこで恥じらうのは可愛いな、くそ」

 亭主。

 そして美羽はそれよりも偉い、かかあ。

 良い響きだ。

 気分を良くして頬を緩ませ、固定されていた包帯を解いていく。

 赤黒く空いた穴を見ると、途端に気持ちが沈んだ。

 詰る所この穴も腰の傷も、美羽の為に作られたものなのだ。

「お前のせいじゃない。自分の選択の責任は俺が負う」

 美羽の表情を見て、すぐに何を思ったのかを察した竜軌が言う。

 女ったらしでも甘えん坊でも決めるところは決めるから、竜軌は男であるのだと美羽も認めざるを得ない。

〝じゃあ、半分は私が負う。半分こ。ね?〟

「半分こか。お前らしいな」

 竜軌が口元を緩める。

 消毒して薬を塗り、新しい包帯を巻いて固定用テープを貼った。

〝お薬はちゃんと飲んだわよね〟

「抗生剤な。痛み止めはひどく痛んだら飲む」

〝お酒は当分、控えめに!〟

「はいはい、奥様。…このワードでも恥じらうのか。解りやすい奴。おいで、美羽」

 待ち侘びた言葉がやっと来た。

 治療を終え、早々と掛布団の下に抜け駆けした竜軌を美羽も追った。

 メモ帳とペンは枕元に置く。ここからはもう、言葉は要らないだろう。

 やっと竜の腕に収まれる。帰って来られた。

 竜軌の顎先に甘えるように鼻を摺り寄せる。鼻梁を甘噛みされ頬を舐められる。

 竜軌の愛情表現は動物のそれに似ている。じゃれるようにして愛を伝えて来る。

 熱いように抱き締められ胸の膨らみが潰れる。下着や浴衣を着ていても、感触はほぼそのまま伝わっているだろうと思うと美羽は顔から火が出るようなのに、竜軌は無頓着だ。

「美羽」

 その声で呼ぶのは反則だと美羽は呼ばれる度に思う。

 愛を感じさせて色っぽくて事実、竜軌は誘っているのだ。

(あんまり動いたら、傷に障る)

 美羽はようよう、かぶりを振った。お布団の中に逃げるように潜り込む。

「―――――何だと。嘘だろ、美羽」

 蓑虫のような状態で、またふるふると頭を横に動かす。

「りゅうき」

「ああ、嘘だったんだな。良かった」

 名前を呼んだことを都合よく解釈して、浴衣の襟に手を伸ばして来る竜軌に慌てる。

「りゅうき、りゅうき!」

「急かすな、脱がしにくくなる」

 見事に意思疎通が出来ない。したくないのではと疑うほどに。

 蓑虫の蓑を剥がして遊んでいた幼少期の嗜好が今の竜軌にまで影響を及ぼしているのだろうか。

(そんっなに脱がせて何が楽しいのよ、足が痛いんでしょうが暴れるなっての!)

「りゅうきっ!!」

 明らかに怒声と判る声を響かせても止まらない莫迦な竜を、どうすれば良いのか。



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