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今は昔

今は昔


 皿洗いをする後ろで睨むなと薫子は思う。どのあたりから睨みたくなる心情になってしまうのか解るだけに始末に負えない男だ。解ってしまう自分も。

「一芯。あんたが代わりに洗う?」

 手を休めないまま答えの解り切った質問をする。

「あとで小十郎に洗わせるから、薫子はそういうことしないで」

「料理は作っても良い訳」

「薫子の手料理を僕が食べたいから。でも皿まで君が洗うことはない」

 ちらりと後ろに視線を投げる。

「いつまで殿様気分?信長公にちょっかい出すものやめて。今は昔って言うでしょ」

 油汚れを落とすには洗剤液は欠かせないのだが、うっかりすると手を滑らせ皿を割りかねないので要注意だ。特に他所の家の食器を扱う時に気を散らしたくはないのに。

「竹取の翁といふ者ありけり。今度の試験範囲だ」

「茶化さないで」

「茶化さないと喧嘩になっちゃうじゃん」

 薫子は妥協してスポンジを置いた。どうせあとはコップなどの軽い洗い物ばかりだ。

「もう昔みたいにお料理しないの?」

 振り向いて穏やかに問う。後ろに組んだ手は濡れたままだ。お湯が乾き冷えていく。例えばそういう細かく所帯染みた感覚を、一芯は薫子に不似合いと主張したいのだ。

(その癖、野菜の泥落としたり皮を剝いたりは許容出来るって意味が解んないわ。自分もしてたからかしら)

 線が細い優等生という印象だけが残りがちな一芯の顔は、よく見ればそれなりに端整で凛々しいと薫子は思っている。欲目かもしれない。

「…昔の話だよ」

「ほら、自分だってそう言う」

 揚げ足を取っていると感じさせないような優しい声を薫子は出す。

「昔と同じは嫌だってこと」

「あたしは姫じゃない、あんたは殿じゃない。そうでしょう、一芯?」

「僕のこと嫌いだって言ってんの?」

 駄々っ子のような台詞に薫子は目を細める。

 高慢で我が儘でそれに見合うだけの卓越した能力を持つ子供。変わらない。

 信長への対抗心は同族嫌悪から来る感情も手伝ってのことではないかと薫子は考えていた。

「時代錯誤はおやめなさいと言いたいだけ。…ねえ、『さんさ時雨』を舞ってよ。見たいわ」

「お師匠さんの家じゃあるまいし。うちにあれを舞えるスペースは無いよ。僕はまた、生まれる時代を間違えたかな」

「どうして?殺さずに生きられる世の中よ」

「どうして?必要なら殺すよ」

「必要を感じてるのは一芯だけなんじゃないの」

「僕が一番になるのは嫌?薫子」

「あたしにとっての一番だけじゃ嫌?一芯」

「君はずるいよ」

「お互い様だわ」



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