匙加減
匙加減
ベーコンはカリカリで、有り合わせにしてはグリーンピースまで入っている。
「お米のぱらつき具合も良い案配。美味しいよ、薫子」
オレンジ色のギンガムチェックのエプロンを制服の上に着たまま正面の席に着いた、明るい髪色のボブスタイルの少女が一芯を睨みがちに見る。
「食事の時くらい伊達眼鏡、外したら?湯気で曇るんじゃないの」
「もう冷めてるし。熱々の時に心配して」
「何、当てこすり?誰のせいで冷めたか解ってんの?」
「晩秋、もしくは初冬の落日、もしくは本題を最初に言わないこーじゅのせいだってことはよおく解ってるよ。困った奴らだほんと」
一芯が大袈裟に嘆息する。
スプーンを投げつけたかったが薫子は堪えた。このスプーンは柄が象牙で出来ていて今では希少価値が高い上に、一芯の両親の愛着ある品だと知るからである。そうした背景が無ければ遠慮なく投げつけていた。
嘆息したあとに目の前でへらへらした顔で笑っている、隣人でもある幼馴染に。
「お前のせいだ莫迦っ」
「女の子はもうちょっとおしとやかにね、南。うん、美味しい美味しい。お代わりある?」
「無い。誰が南だ。おじさんたち、いつ帰って来んの?」
「さあ。来週かそこら」
無いのか、と一芯は手持無沙汰にスプーンの先に歯を当てる。カチリと硬い。育ちざかりにはチャーハン一杯だけではとても足りない。腹の虫が催促するのが聴こえているだろうに、薫子は気付かない素振りを冷たく装う。
そういうところが一芯の左目には可愛く映る。
くつりと喉を鳴らして笑ってしまう。
「どこに行ってんだっけ?」
「さあ。台湾かそこら」
どこまでもうろ覚えな一芯の返答に薫子が溜め息を吐く。佐原家のダイニング・キッチンにはイギリス、スウェーデン、韓国、アフリカ、ヴェトナム等、多国籍な什器が居住まい良く収納され、飾られ、置かれ、すっきりとして見目良い。
お醤油やちゃぶ台や盆栽が似合うぼってりともたついたような薫子の家とは大違いだ。
外観から内装から、隣り合う家でどうしてこうも差があるのかと薫子は訪れる度に考えずにはいられない。
「雑貨店経営ってそこまでフリーダムなの?」
「さあ。でも僕は薫子と過ごせるから感謝してるよ」
コチコチコチ、と鳴るのは昔ながらの柱時計。深く濃い茶色の艶がとろりとしたアンティークだ。
「ああそう。お代わりつぐ?」
皿を差し出しながら一芯は笑う。
「ありがとう、南」
「南言うな」
皿を受け取りながら薫子がまた冷たく睨んで来る。
頬にピンクが差したのは一秒足らず。
絶妙な匙加減だ。
何て可愛いのだろうと思い、一芯はにこにこした。
こういったあたり、気を利かせて二人だけにしてくれる小十郎は良い家臣だと思う。




