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 蘭が弟たちの部屋を訪ねるのは珍しい。その逆はよくある。

 軽く襖を叩いて室内に入り、目に包帯を巻いて端座している坊丸に声をかけた。

「調子はどうだ」

「成利兄上。何とも。…正義の女神になった気分です」

 気楽とも取れる台詞に蘭が笑う。

「目隠しで、公平を期すことが叶いそうか?」

「いいえ」

 坊丸の背後の作業台には作りかけの木彫フィギュアが手引書や彫刻刀などと置いてある。

 次は戦国武将の誰を作るのやら、今の時点では判明しない。部屋の内、力丸スペースに置いてある巨大ゴジラのぬいぐるみはいつ見ても力が抜ける。

(森家の突然変異種か)

 蘭は弟の正面の畳に胡坐を組んで座った。

「――――――義龍は、真に死んだのだな?」

 包帯越しに、坊丸の目を覗き込むような眼差しで尋ねる。

「はい」

 坊丸ははっきりと肯定を返した。

「……そうか。私は己がまなこで見ておらぬゆえ、どうも俄かには信じ難くてな」

「無理もございませぬ。忌まわしくも哀れな男、哀れなまま死にました」

 蘭の胸に、さらりとは流せぬ思い、記憶が去来する。

「兄上。これは御方様には到底、お聞かせ出来ぬことなのですが」

 逡巡する様子を見せたのち、坊丸が口を開く。

「うむ」

 返事をすることで蘭は促した。

「義龍が死に、私はそれで良しと思いました。息絶える様を見て、心の内で快哉を叫びました」

 蘭は躊躇わずに頷いた。見えなくても気配で坊丸には伝わった筈だ。

「さもあろう。私であっても、それは同じだったに相違ない」

「………御方様は。美羽様は嘆いておいででした。片や私は喜んでおりました」

「坊丸」

「とても公平を期すことなど」

「であるからな、坊丸。我らは神ではないのだよ。人なのだ」

「哀れであれば、罪を犯しても許されるのですか?哀れであれば何をしても許される道理など。そんなもの。あるものか」

 激昂を秘めた声を響かせる弟の包帯を新しい物に替えるべく、蘭が手を伸ばす。

「包帯を取り替えるぞ。動くなよ」

「力丸の左目はもうありませぬ。一生」

「そうだな」

 くるくると坊丸の頭の周囲を白い布が躍る。包帯を取り去った坊丸の双眼の瞼には真横に細い線がある。それが、弾みをつけたように隠れた。見開かれた坊丸の瞳は強い憤りの色を湛えて光っていた。

「…公平などっ」

 蘭は一日振りに見る坊丸の健全な眼球を見返した。

「目を開けるな。傷に響く」

 蘭は痛まないよう、穏やかな手つきで弟の瞼の傷に薬を塗ると、手際良く清潔な包帯を巻き直した。



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