星降ろし
星降ろし
青い詰襟の制服を着替えないまま、少年はバルコニーから落日を見ていた。
滲む黄金が夜の勢力に敗れ溶けて沈む。
その景色が子供のころから好きだった。
(この暮れ方の落日の、何ともいへぬ傷ましさ)
傷ましいものが生まれるのは強きがあるゆえだ。
強き者が圧するゆえだ。児童でも知る自然の掟だが、如何せん、平和な世では謗りを受けやすい理屈であることを一芯は嘆かわしく思っていた。
容赦なく冷えた空気を心地好いと、万民は感じない。
空に夜が出始めると一芯は嬉しくなる。これが真というものだ。
気に入りの詩を小声で諳んじる。
「冷たく淡い青空に、裸になった枝枝が、銅版画めく筆勢で、網目を刻んだその向ふ、寂寞として沈痛に、王者の星が降りて行った」
「ポエマー」
上から降って来た声にやや憮然となる。
「…興に水をさすのやめてよ、こーじゅ。ミモザやローズマリーが植わるお洒落な洋風一軒家の屋根に登って景観を損なうのもやめて。何。忍びの真似っ子?」
「ジュウル・ラフォルグは夭折の詩人だ」
「知ってるよ。それが?」
一芯はせせら笑う。
「殿に似合わず」
「それを小心と申すのだ、小十郎」
一芯の声が低くなる。学生服に不釣り合いに。
「臣の心、殿知らず」
「おや、ぼやき始めたか」
一芯がくすりと笑う。本気で可笑しかった。
「愛姫様、せっかく作ってやったのにチャーハンが冷めるとご立腹」
「夭折なんちゃらよりそれを先に言ってっ」
一芯は屋根の上に焦った声で苦情を投げ、階下のダイニング・キッチンに向けて足を急がせた。
王者の星は、降りなければならない。




