※現状、天使
これまでのあらすじ。
朝林秀比呂の件に片がつき、美羽の悲しみの夜が明けた。
蘭は主君である竜軌に見合いの経過報告をする。
現状、天使
「それがどうも相手は天使のようでして。今のところ」
朝食の載った盆を運んで来た蘭は竜軌に見合いの首尾を訊かれ、そう答えた。
「ふん?胡散臭いな。香水はどうだった」
「きっつい、むせるかと思いました。良い感じです。妖しーい香りなんですよこれが」
「ほう」
上下で素材感の異なる黒いワンピースを着た美羽の格好は、この季節にはやや涼しいのではないかと蘭は考える。ぐったりした様子で竜軌にもたれているのも気になると言えば気になる。しかし常のごとく知らんぷりをしようとした蘭に、先回りした竜軌が答えた。
「美羽は俺に勝てる可能性をまだ捨ててないようだがな。欲求に行動が伴わんのだ。未熟。脱がせただけでダウンだ、他愛ない。それでストップさせられる身にもなってみろ」
「至極、ご尤も。上様、食後に薬を飲むことをお忘れなく」
「で、また逢うんだな。現状、天使と」
言動パターンを互いに知り尽くしている主従の会話が続く。言いたいことは言う。
「はい。現状、残念ながら天使と」
「海岸か?」
「いえ、まだそこまでは。今週末、美術館で彼女のお気に入りの画家の作品を観ることに」
「そっち系か。まだ何とも言えんがまさしく〝お嬢さん〟だな。画家って?」
「それが。ポール・ゴーギャン」
「わーお」
牛乳の入ったマグカップを持った竜軌が目を大きくする。
「そう、わーお、です。希望はまだあります。現状、天使とは言え」
蘭は真摯な面差しで竜軌を見返した。
「大胆なお嬢さんじゃないか。好きな音楽家とか訊いたか」
「ワーグナー」
再び竜軌の目が大きくなる。
「おいおい、大人しやかな女の答えじゃないぞ。脈ありありなんじゃないか?押してみろ、面白そうだ」
「そのつもりです」
興がってけしかける主君に蘭は首肯し、ヨーグルトの入ったガラスの器のあと、抗生剤と痛み止めの薬を竜軌の目前に置き一礼して退室した。
会話について行けなかった美羽は、香水きっついってどういうこと、と考えていた。




