この腕とまれ
この腕とまれ
朝ご飯を食べる前に、追いかけっこを演じなければならなかった。
白い、すべすべした絹の小袖を纏った美羽は素足に畳の感触を感じながら逃げる。
よく見れば小袖には、亀甲のような織模様がある。何を祝っているのか。
純白の蝶を竜軌が追う。
「待ちなさい、美羽」
待つものか、と美羽は髪を靡かせる。
本気で追われていないのは判る。左足を庇っているし。竜軌は半分、じゃれているのだ。
好い大人なのに。
〝脱ぐのは自分でできるったら〟
美羽はメモ帳を竜軌に掲げて見せる。
「そうだろうが俺が脱がせたいだけだ」
〝変態〟
「男だと言え」
睨み合う。誰も見ることのない、愛し合う男女のお芝居、遊戯。
朝の空気の中で演じられる白と白の祝言めいて。
〝竜軌の指は熱いからいやだ〟
「愛していると言え」
メモ帳とペンを自分と同じ亀甲文様に投げつけてまた逃げる。
もちろん愛しているから逃げている。追われたいから逃げるのだ。
右の袖に引力を感じる。
捕まった。右の羽。
「美羽」
ぞっとするような響きで呼ばれる。低い美声。愛おしさに鳥肌が立つ。
「捕まえた。今日は紋白蝶だな、お前」
髪から身体から引き寄せられて腕の檻に入れられる。この檻は温もりを超えて熱いのだ。
「…お前。その目」
竜軌が呆れた顔になる。
「抱かれたいならそう言え」
言わない。




