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愛情料理

愛情料理


 月曜日、真白は朝から兄たちの住まいを訪れどんよりした空気を放っていた。

 毛足の長いグレーのカーペットの上に体操座りをして、胡桃のテーブル台を見まいとするかのように焦げ茶色の頭を両膝に押し付けている。オフホワイトのセーター、オフホワイトの厚い綿生地のズボン、太い毛糸でざっくり編まれた青紫色の靴下という装いだ。

 オフホワイトは真白が心を鎮めたい時に選ぶことが多い色だった。

 子供のころより病弱な彼女には、風が冷たい季節になって来ると、下着を重ね着し、ズボンの下にはレギンスなどを穿いて寒さに備える習慣がついている。それでも心配性の兄たちは、彼女に会うと薄着じゃないかと声をかけることがしばしばだ。特に剣護は昔から真白の保護者のように接して来た為、真白の服装を見て防寒に物足りないと判断すればすぐに、自分の着ているセーターなりカーディガンなり半纏なりを着せかけようとする。

 今日も真白を玄関で迎え入れるなり羽織っていたマスタード色のパーカーを着せかけようとしたのだが、緩くかぶりを振って拒否された。

 身体の弱い妹が訪問する時に限っては、怜も剣護がリビングの暖房を強めようと何も言わない。真白の姿を見れば怜も暖房を強めるからである。

 そして兄と弟は黒い革張りのソファに座らない妹に倣うように、二人して真白の前のカーペットに正座していた。

「しろ、そんな落ち込むなってー。切れ味のめっちゃ良い雪華で大根切ろうとするなんざよくあるよくある。俺もテレビのリモコンがちょっと遠くにあって、臥龍呼んで届かんかと試したことあるもん。なあ、次郎?」

「苦しい同意を求めないで、太郎兄。…そんなに気に病まなくても、退院した成瀬の食事くらい俺たちで何とかするよ。真白」

「そだな。すげーモチベーションは低いけど、やらんこたないぞ」

「太郎兄」

 彼らは妹を慰めようと先刻から言葉を尽くしていた。

 剣護は明確な困り顔で、怜は秀麗な顔を翳らせていた。

 真白が顔を伏せたまま反論する。

「ダメだよ。妻が作らないと。こんな時は。荒太君、自分の快気祝いのお料理も自分で作るつもりなのよ…。それじゃあんまりにも荒太君が可哀そう」

「いんじゃね?適材適所」

「太郎兄。…快気祝いは代金を皆で出し合ってお寿司でも取れば?」

 真白は怜の提案にもかぶりを振った。

 そういう問題ではないのだ。

「………私、どうしていつもいつも、お母さんのお腹の中に料理センスを忘れて来るんだろ。前生でもそうだった」

 剣護と怜は顔を見合わせた。

 確かに前生でも妹は料理が不得手だったのだ。真白にまつわる不思議ではあった。

「あれだあの、他のスペックが高過ぎるからさ。真白はクイーンズ・イングリッシュだって俺より完璧じゃん!」

「クイーンズ・イングリッシュより並に料理出来る女性でありたい……」

 剣護は怜を見て耳元でぼそぼそ喋った。

「…お前、大学は?」

「少しくらい遅れても良い。講義より真白が大事」

 怜も小さな声で兄に返す。それから妹に、自分の持つ知識の一つを授けた。

「ねえ、真白。大根の煮汁を成瀬に飲ませてやれば良いよ」

「大根を煮たお汁…?」

 真白が顔を上げて怜を見る。焦げ茶の目がぱち、と瞬いた。

 怜が深く頷く。

 やっと顔を見せてくれた妹の幼い表情に、微笑ましいような思いが湧く。

「うん。成瀬の身体は今回の手術と呪詛で相当なダメージを受けた。退院しても当分の間は腸や身体に負担の少ないものを食べたが良い。大根を煮るのなら真白も出来るだろう?その汁には栄養素が溶け出ていて、赤ちゃんでも飲めるくらい身体に優しい。それを飲ませてやりなよ。他は俺たちでフォローする。ね、太郎兄」

「お、うん」

 真白は微笑を浮かべる聡明な次兄の顔を見た。

「………」

 荒太の身体の為になる。荒太にしてあげられることが自分にもある。

 与えてもらうばかりではなくて。

 大根を煮た汁なんて、料理研究家の目から見れば子供のままごとのようなものかもしれないが、荒太は決してそんなことは言わない。お礼を言って有り難そうに飲んでくれる姿が目に浮かぶ。

(いっつもそんな感じだもの)

 死にそうな痛みに喘ぎながら泣くなと言う。

(荒太君。荒太君。生きてて良かった)

 泣きそうになったが我慢した。

 泣けばまた優しい兄たちが慌てふためく。

 ぽす、と怜の胸に頭をぶつける。ラフな黒いジャケットの布を掴んだ。

「うん。………うん、そうする。ありがとう、次郎兄。困らせてごめんなさい、剣護も」

「おう。気にすんなー。で、次郎のあとは兄ちゃんにもそれ、やってくれ」

 真白の頭を撫でながら珍しく優越に浸る笑みを見せる怜を、軽く睨みつつ剣護が催促した。



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